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【スピリチュアル・ビートルズ】 「世俗的」なポールの深い宗教性 インスピレーションの源だった母メアリー 

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10131026955 日本でビートルズの曲の人気投票をしたら「レット・イット・ビー」がダントツの一位になると思う。米国ではチャートの成績を考えると「ヘイ・ジュード」か「抱きしめたい」だろう。英国では発売当時売上記録を打ち立てた「シー・ラブズ・ユー」あたりか。

 世界でもっとも有名なビートルズ作品はなんだろうか。史上最高のオンエア、演奏回数を記録しているという「イエスタデイ」で間違いないと思う。

 「レット・イット・ビー」が日本で特に人気なのは、哀愁をおびたゴスペルタッチのピアノに乗せてポール・マッカートニーがしっとりと歌う「なすがままにまかせなさい」というメッセージが日本人の心の琴線にふれるからだろう。

 「困難に陥っているとき母メアリー(Mother Mary)があらわれて、英知ある言葉をささやいてくださる。なすがままにまかせなさい」と始まる歌詞の中の「母メアリー」が、看護師をしていたポールの実母メアリーを指すとともに、聖母マリアのことも意味するととれることから、この歌に宗教性を見出す人が少なくない。

 ポールは、「マザー・メアリー」が宗教的な意味に解釈されるとしても気にしないとして、「自分の信仰を確認するための曲にされたって、ぼくはうれしく思う。かまわないさ。どんな形であれ、信仰をもつことは素晴らしいことだと思うから。ぼくらが暮らす世界においてはなおさらね」(「メニ―・イヤーズ・フロム・ナウ」)と語っていた。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA 「レット・イット・ビー」は口論や対立の絶えなかったビートルズ内の解散前の雰囲気のなか、ポールが苦しみつつ紡ぎだした曲である。ジョン・レノンやジョージ・ハリスンに比べると、楽天的で、口の悪い人からはもっとも「世俗的」なビートルとされたポールが、ビートルズの作品の中でも特に宗教性を感じさせる曲を作ったことはおもしろい。ポールはこの曲を「楽観主義と希望のシンボルみたいなもの」だと称した。

 やはりビートルズ解散前にポールが書いた「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」も宗教的な匂いがする。ポールは疲れ切っていたころに書いた「悲しい曲」だと振り返っているが、「あなたの扉へと続く長く曲がりくねった道は決して消えることがない」という冒頭の歌詞や「どうか、あなたの扉へと導いてください」というくだりでいう「あなた」を「神」ととらえることも可能だからだ。

 「イエスタデイ」もポールの手による作品だ。恋人との別れを歌った曲だとうけとられてきたが、ポールは、あとでわかったことだとして「無意識のうちに母を思って書いた曲だ」とふりかえる。「KAWADE夢ムック ポール・マッカートニー」に載った2001年のインタビューで語っている。「なぜ彼女は去って行かなければならなかったのか、わからない。彼女は何も言おうとしなかった。ぼくが何か間違ったことを言ったのだろうか。今、昨日をなつかしんでいる」といった歌詞は「母が死んだことを表現している」というのだ。

 ポールは14歳のときに母メアリーを癌で亡くしていた。ポールが「イエスタデイ」を夢の中で流れてきたメロディーをもとに作ったのは、20代前半の時だ。「レット・イット・ビー」も、夢に母メアリーが現れ、話してくれた言葉を要約して作ったという。夢という無意識の世界でポールの創造力の源としてあらわれてくれた母メアリー。

 ポールの盟友だったジョンも母親を失っていた。ジョンは2度母親を失ったと言っていた。最初は彼が幼いとき、母ジュリアが男と家を出て行ってしまいミミおばさんにあずけられた時。そして2度目は彼が17歳の時、非番の警官の車にジュリアをひき殺された時。

 ポールは「母を亡くしたことはジョンとぼくを結ぶ太い絆となった」という。「ビートルズは音楽を超える」(平凡社新書)の著者である武藤浩史氏は「母の喪失の孤独の絆」とこれを呼んだ。実際、1957年7月に出会った2人は、母を失ったことでぽっかりあいた心の穴を埋めるかのようにロックンロールに傾倒し、絆を深めていったのである。

 ジョンは生涯、母を失ったトラウマにとらわれ続けた。しかし、そのトラウマが彼の創造力の源となったのも事実だ。70年の彼の作品、そのものずばりの「マザー」という歌は、母親に戻ってきてほしいという彼の心からの叫びそのものだし、66年に出会い69年に結婚した2番目の妻であるオノ・ヨーコは「第二の母親」ともいえる存在で、ジョンに多くの曲を生み出すインスピレーションを与えたのである。

(文・桑原亘之介)

桑原亘之介

kuwabara.konosuke

1963年 東京都生まれ。ビートルズを初めて聴き、ファンになってから40年近くになる。時が経っても彼らの歌たちの輝きは衰えるどころか、ますます光を放ち、人生の大きな支えであり続けている。誤解を恐れずにいえば、私にとってビートルズとは「宗教」のようなものなのである。それは、幸せなときも、辛く涙したいときでも、いつでも心にあり、人生の道標であり、指針であり、心のよりどころであり、目標であり続けているからだ。
 本コラムは、ビートルズそして4人のビートルたちが宗教や神や信仰や真理や愛などについてどうとらえていたのかを考え、そこから何かを学べないかというささやかな試みである。時にはニュースなビートルズ、エッチなビートルズ?もお届けしたい。