カルチャー

【スピリチュアル・ビートルズ】ビートルズを裏切ったエルビス それでも彼をリスペクトし続けた4人

エルビスのRCAからの第一弾アルバム。邦題は『エルビス・プレスリー登場』。
エルビスのRCAからの第一弾アルバム。邦題は『エルビス・プレスリー登場』。

 ビートルズの4人が憧れ、目指していたエルビス・プレスリーが彼らを裏切っていた。FBI(米連邦捜査局)に対して、若者の問題の多くはビートルズのせいだと「告げ口」したのである。ロックンロールの王様の裏切りを知ったビートルたちは悲しんだ。しかし、ビートルズの面々のエルビスに対するリスペクトは変わらない。

 1970年12月21日、エルビスは彼自身の要望によりホワイトハウスでリチャード・ニクソン大統領との面会を果たした。エルビスはニクソンへの手紙をしたため、その中で、ドラッグカルチャー、ヒッピー、民主社会学生連盟(SDS)、ブラックパンサー(黒人解放運動の急進的結社)を具体的に挙げ、「私は彼らの敵ではありません」、「ただアメリカを愛する者です」として、そういう「有利」な立場を利用して国を「救いたい」との心情を吐露し、任務不特定の取締官になりたいと訴えたという。

DVD『エルヴィスとニクソン』。時代を創り、時代に取り残された二人の奇妙な出会いを描く、シニカルコメディ。
DVD『エルヴィスとニクソン』。時代を創り、時代に取り残された二人の奇妙な出会いを描く、シニカルコメディ。

 その10日後の12月31日、FBI本部内のツアーを許されたエルビスは、FBI幹部に対し、FBIへの情報提供者つまりは「密告者」になりたいと申し出た。同時に「米国が抱えている若者の問題の多くは、ビートルズの汚く、だらしない身なりと劣情を誘発させるような音楽(filthy unkempt appearances and suggestive music)のせいだ」と述べたのだ。FBIの内部メモを基に1978年7月14日付ワシントン・ポスト紙が報じている。

 結局、エルビスがFBIの協力者になることはなかった。若くして大スターとなり、妻プリシラ、娘リサ・マリーや「メンフィス・マフィア」と称される取り巻き連中とだけで過ごす「日常」からくる「孤独感」に苛まれての奇妙な行動であったとの見方もある。

 後日、彼らのアイドルであったエルビスの裏切りを知ったビートルたちはことのほか落ちこんだ。エルビスを「腰ふり野郎」と愛情をこめて呼ぶリンゴ・スターは「とても悲しかった」(very sad)と語った。(DVD「ザ・ビートルズ・アンソロジー」)

 何といってもエルビスは彼らにとってデビュー前からずっと憧れの的だった。ジョン・レノンは「ハートブレイク・ホテル」を聴いたことですべてがひっくり返ってしまったといい、「リバプールを出る直接のきっかけはエルビスだった。一度耳にしてしまったら生活のすべてになった。ロックンロール以外のことなど考えられなかった」と語っている。(「ザ・ビートルズ・アンソロジー」リットーミュージック刊)

 ポール・マッカートニーも「音楽雑誌の『ハートブレイク・ホテル』の広告を見て、エルビスこそ救世主だと思った。実際に曲を聴いてみてさらに確信した」と言う。ジョージ・ハリスンも「ハートブレイク・ホテル」がある日、誰かのラジオから流れてきて「ぼくの頭の奥に入り込み、永遠に抜けなくなった」と振り返った。

 65年8月27日、北米ツアー中だったビートルズの4人は一度だけエルビスと会っている。ロサンゼルスのエルビス邸を訪ねたのだった。憧れのエルビスに会うので神経質になっていた4人を、ビートルズの広報担当だったトニー・バーロウ氏は覚えていた。両者が会う条件は「プレスを入れない。一切写真を撮らないし、録音もしない」ということだった。(2011年10月5日付BBC電子版)

 エルビスとビートルズとの対面はぎこちないものだった。沈黙が続く中、口火を切ったのはジョンだ。「最近、どうして映画のための甘ったるいバラードばかりやっているんだい?古き良きロックンロールはどうしたんだい?」と問いかけた。エルビスは笑顔になると皆と握手をして、互いのツアーなど仕事の話をした。しかし、簡単な話が済むと、すぐに再び沈黙となってしまった。雰囲気が一変したのは、エルビスがジョン、ポール、ジョージにギターを渡し、セッションを始めてからだったという。

 リンゴは近くの木製の家具を指で叩いてリズムをとった。当のエルビスはベースを弾いていた。セッションは真夜中にまでおよび、エルビスのマネジャーであるパーカー大佐がストップをかけるまで続いた。演奏した曲の中にはビートルズの65年のヒット曲「アイ・フィール・ファイン」などもあったという。

 エルビスの裏切りにもかかわらず、ビートルズ4人の彼へのリスペクトは変わらなかった。1994年6月、ビートルズ時代を自ら振り返るというアンソロジー・プロジェクトのため再結集したポール、ジョージ、リンゴは身振り手振りをまじえてエルビスの話に花を咲かせた。そして3人はジャムセッションをしたのだが、その中にはエルビスの「ブルー・ムーン・オブ・ケンタッキー」もあった。

※写真はイメージです。
※写真はイメージです。

 また、ポールがエルビスを敬愛していることを知っていた妻リンダはプレゼントとして、エルビスが「ハートブレイク・ホテル」をレコーディングした際に使われたというビル・ブラックのウッド・ベースを贈ったことがある。

 そして2013年5月下旬、ポールは全米ツアーのオフを利用して、初めてメンフィスにあるエルビスの墓を訪れて慰霊した。立ち去る際にポールは一枚のギターピックを墓に置いていった。ポールのツイッターによると「エルビスが天国でプレイ出来るように」との想いからだった。(2013年5月27日付英デイリー・メール電子版)。

(文・桑原 亘之介)


桑原亘之介

kuwabara.konosuke

1963年 東京都生まれ。ビートルズを初めて聴き、ファンになってから40年近くになる。時が経っても彼らの歌たちの輝きは衰えるどころか、ますます光を放ち、人生の大きな支えであり続けている。誤解を恐れずにいえば、私にとってビートルズとは「宗教」のようなものなのである。それは、幸せなときも、辛く涙したいときでも、いつでも心にあり、人生の道標であり、指針であり、心のよりどころであり、目標であり続けているからだ。
 本コラムは、ビートルズそして4人のビートルたちが宗教や神や信仰や真理や愛などについてどうとらえていたのかを考え、そこから何かを学べないかというささやかな試みである。時にはニュースなビートルズ、エッチなビートルズ?もお届けしたい。