2023年1月23日=1,387
*がんの転移を知った2019年4月8日から起算
いま私はふと思う。あれから4年半がたったなと。あれとは、携帯電話を手放してからである。
がん発病からひと月ほど過ぎた2018年7月。胃に現れた悪性腫瘍である約10センチの消化管間質腫瘍(ジスト)を手術してもらえたのもつかの間、病理組織検査の結果で悪性度が極めて高いと判明。この時点で携帯電話を手放した。そう長くは生きられないと腹をくくったのだ。その後肝臓に転移して、抗がん剤の副作用で不自由しているが、なんとか4年半も生きてこられた。つまり私のがん生存歴は、携帯電話ナシ歴とも一致する。
▽スマホ歴ゼロ
発病前はガラケーを使用していた。そろそろスマホに切り替えようかと考えていた直後にがんに見舞われた。ということはスマホに触れた経験が、実のところない。だからその使い方が全くもって分からない。
時々専属秘書(編注:妻のあかねさん)のスマホを借りて写真撮影を試みるのだが、手渡されてモタモタしてると画面がどこか変わってしまい戻れない。どうかすると「パスコードを入力」と出る。どうにも手を付けられない。
▽だが持たない
そして今の時代、携帯を持っていないと非常に連絡が取りづらい。見るに見かねて親切にも再び携帯を持つことを勧めてくれる友人もいるが、毎度お断り申し上げている。理由は2つある。
一つ目はゲン担ぎだ。つまり携帯を手放したのは、年単位で長く生きられないと思ったから。いまこうして4年半も生きながらえているのに、ここで再び携帯を手にすると、がんが息吹き返すような気がしてしまう。大いなる気がかりだ。
二つ目は、それ以上にこの携帯電話ナシ生活を満喫しているからだ。最近「タイパ」という言葉を耳にした。タイという国に関わるものと思ったが全く違っていた。タイパとは、タイムパフォーマンスの略で、時間に対しての生産性を重視する考え方。スマホやSNSの普及、コンテンツの増加を背景に、映画やドラマの倍速視聴など、現代人の暮らしに浸透しつつある(2022年12月31日・朝日新聞朝刊より引用)。
う~ん、現在の私とは正反対だ。抗がん剤の副作用で手と足の皮がむけてしまって、ペットボトルのふたが開けられずに苦労するし、足首から上が元気でも歩きづらくなる。倍速ならぬ、健常者の倍は時間がかかる。手術で胃が無くなり、食べる量は半減以下、食べる時間は倍以上。タイパは極めて悪い。コスパという言葉もあったかな。でも私は生きている。がんを持ちながらも、タイパもコスパも悪くても。
みなさん、私のように毎日とはいかないでしょうけれど、たまには携帯電話ナシ生活を体験してはどうでしょうか。新発見があったり、もしかすると病に襲われた際の予習になるかも。元気な人・力のある人には全く必要ないかも知れませぬが、一度お試しあれ!
ところでユーチューブのライブ配信、挑戦し続けてます。登録名「足し算命・大橋洋平の間」、何とぞ応援の程よろしくお願い申し上げまぁす。
(発信中、フェイスブックおよびYouTubeチャンネル「足し算命・大橋洋平の間」)
おおはし・ようへい 1963年、三重県生まれ。三重大学医学部卒。JA愛知厚生連 海南病院(愛知県弥富市)緩和ケア病棟の非常勤医師。稀少がん・ジストとの闘病を語る投稿が、2018年12月に朝日新聞の読者「声」欄に掲載され、全てのがん患者に「しぶとく生きて!」とエールを送った。これをきっかけに2019年8月『緩和ケア医が、がんになって』(双葉社)、2020年9月「がんを生きる緩和ケア医が答える 命の質問58」(双葉社)、2021年10月「緩和ケア医 がんと生きる40の言葉」(双葉社)、2022年11月「緩和ケア医 がんを生きる31の奇跡」(双葉社)を出版。その率直な語り口が共感を呼んでいる。
このコーナーではがん闘病中の大橋先生が、日々の生活の中で思ったことを、気ままにつづっていきます。随時更新。