SDGs

日本の農産物は将来も安定的に供給されるのか? 「持続可能な食と地域を考える」シンポジウムで議論

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消費者や若者も含めた国民的な議論にしていくことが重要

 不測の事態に備える必要があるのは、何も戦争や天災に対してだけではない。生命の維持や、健康で充実した生活に欠くことができない食料。それを不測の事態が生じたとしても安定供給できるようにするための「食料安全保障」に我々はもっと目を向ける必要がある。

 国連サミットで採択された「SDGs(エスディージーズ=持続可能な開発目標)」では、「2030年までに飢餓と栄養不良を終わらせる」という目標が掲げられた。お金さえ出せば好きな食べ物が買え、食品ロスが話題になる飽食日本だが、実は食料自給率が37%と過去最低水準(カロリーベース、2018年度)だ。日本の安定した食料供給は今後も持続可能なのだろうか。

 全国農業協同組合中央会(JA全中)は12月17日、これらの問題を話し合うシンポジウム「持続可能な食と地域を考える―SDGsと食料安全保障の視点から―」を開催(共催:株式会社共同通信社)。会場となった東京農業大学・世田谷キャンパスには、学生ら多数の聴衆が詰めかけた。

 開会にあたって、東京農大の新部昭夫(にべ・あきお)副学長があいさつ。「国内外の社会的要因、自然的要因が大きく変化している中で、今後の日本農業を守り発展させるためには、持続可能な目標をしっかり打ち立て、中長期的な議論を深化させることが最も必要。日本農業を関係者だけの問題とするのではなく、消費者や若者も含めて国民的な議論を展開していくことが重要」と語り、シンポジウムの議論に期待を込めた。

 続いて、課題を提起したのは国際食料情報学部の堀田和彦(ほった・かずひこ)教授。「人口減少や高齢化社会の到来に伴い、国内の市場規模は縮小の見通し。一方で、世界的には人口は増え続け、農産物マーケット(特にアジア)は拡大予想。つまり、輸出産業への成長を目指した強い農林水産業の構築が急務。ところが、日本の農業就業者数および基幹的農業者従事数は、今後、大幅に減少の見込み」と現状を分析した。

 さらに、政府が現在、策定中の「食料・農業・農村基本計画」の政策実行性を高めるには、食と地域に関わる幅広い「連携」が鍵を握っていると解説。

 すなわち、「生産者と実需者の連携」「生産者と都会に住んでいる土地所有者の連携」「農業に関心のある若者との連携」「地域と都市住民との連携」「農業者と福祉関係者の連携」「農業者とICTをはじめとする企業関係者との連携」などで、これらの連携を強化することが、「持続可能な地域、持続可能な食料生産(食料安全保障)を実現」することにつながり、SDGsの「誰ひとり取り残さない持続可能で多様性と包摂性のある社会」の達成にも貢献するという。そして、「関係者が集い、地域・農村の本源的価値を確認し、より具体的な連携構築のための議論を交わすことが極めて重要」と結論付けた。

食・農業・農村に関する5人の専門家が各分野での取り組みを報告

 シンポジウムには、食・農業・農村に関する5人の専門家も登壇し、各分野での取り組みを発表した。進行役を務めたのは、長年、農政ジャーナリストとして取材してきた、共同通信アグリラボ所長の石井勇人(いしい・はやと)氏。

 まず、生産者の立場から危機感を訴えたのは、全国農業協同組合中央会(JA全中)代表理事会長の中家徹(なかや・とおる)氏だ。

 「食料の安全供給にリスクが高まっている。課題は次の5点。①食料自給率の低迷 ②生産基盤である農地と人の弱体化 ③世界的な災害の多発 ④世界的な人口増 ⑤国際化の進展。過去18年間で農産物輸出額は4,000億円増加したが、輸入額は約7倍の約2.7兆円増加した。

 今後、日本の農業はどうなるのか、農産物を将来も安定的に供給していけるのか非常に心配。平時から『質』と『量』の両面で食料安全保障の確立を目指すべき。食の問題は国民的な議論が必要だ。裏を返せば、農業の実態を国民に理解してもらい、ともに取り組みを進めてくことができれば農業の未来は明るい」

 地域の取り組みを報告したのは、全国町村会経済農林委員長の長野県長和町長 羽田健一郎(はた・けんいちろう)氏。

 「当町では地域活性化の取り組みとして、2008年度から東京農業大学と連携して山村再生プロジェクトを行っている。遊休荒廃地を再生する実習を起点に、農作物の栽培、地域の歴史資源や伝統文化の活用、自然資源の保護など、さまざまな分野でテーマを掲げて実習に取り組んでもらっている。学生の目線で町をどのように再生、活性化したらよいかをワークショップや意見発表会を通じて提案してもらうが、地元の人間では気付かなかった発想、見方に驚かされることもある。また、祭りや運動会など地域との交流もあり、農大生に元気をもらったとの声も出る」

 1次産業と企業の連携については、日本経済団体連合会 農業活性化委員会企画部会長の井伊基之(いい・もとゆき)氏が報告。

 「政府の基本計画に対しては、新たなイノベーションの創出につながるような改定を働きかけたい。具体的には連携プラットフォームの構築、つまり農業分野のニーズと経済界のシーズをマッチングさせていく取り組みが大事。連携事例として、①準天頂衛星『みちびき』、ドローン、AI(人工知能)による画像解析を活用した生産性・収穫量・品質の向上 ②ロボット農機の実現による人手不足の改善などがある。いろんな企業があるので農業界の皆さんと手を組んで持続可能な食と地域の発展に貢献できるように頑張っていきたい」

 農産物を販売する立場から発言したのは、コープデリ生活協同組合連合会常務理事山内明子(やまうち・あきこ)氏。

 「生協は長年、産直によって生産者と顔の見える関係を作り上げ、安全性が確保され、おいしさと環境配慮を兼ね備えた商品を提供してきた。近年では見た目の悪い野菜も販売するなど、消費者が責任を持って消費する“エシカル”消費や、商品利用を通じて持続可能な社会をめざすさまざまなプロジェクトにも取り組んでいる。生協の消費者を代表して伝えたいのは、①生産者が高齢になり引き継ぐ人がいないような状況の危惧 ②安全・安心で新鮮な農産物・食品を食べ続けたい。③豊かな地域社会や自然環境の維持、その3つだ」

 最後に消費者の側から料理研究家の森崎友紀(もりさき・ゆき)氏が発言。

 「東農大の学食には食品ロスをなくすためのアプリの掲示があって感心した。ひとりひとりがそういう意識を持つことが大事。作って食べてだけではなく、その後も考えなければいけない。日本人1人当たり、お茶碗一杯分のまだ食べられる食料を捨てている。食料供給とともに食品ロスも重要な問題」

多様な農家があることで守られる農村のコミュニティ

 その後ディスカッションに入り、進行役の石井氏が「立場はそれぞれ違うが、食料を国内で作ることの重要性では異論ないのでは」と切り出した。

 中家氏は「現在は飽食の時代で、我々が将来、食を安定供給できるのかと心配してもピンと来ない人も多い。農業は来年から何とかしようと思ってもすぐにできるものではない。農地と人という生産基盤を守るために密度の濃い計画を立てて、大事なのはそれをどう実践するか」と消費者の意識向上に期待する。

 消費者の立場からすれば、食品はまず価格の安さではないかと石井氏が問うと、山内氏は「安い方がいいというニーズは当たり前。だが、生協はコミュニケーションを大切にして情報を提供している。伝える、学ぶ、知るという共感があれば商品は買っていただける」と、安さ以外の価値があると指摘。

 森崎氏も「食材の売り場や包装に作り手の写真などがあったりするとストーリーを感じられて値段以上の付加価値が出てくる。顔が見えることは大きい。ストーリーを伝えるということが大事」と賛同。さらに「最近は働いているお母さんも多いので、いかに短時間でおいしいものを食べるかに関心が。手間をかけずに作れて調理ゴミを出さないように、材料・調味料をパックして売る商品の仕事が増えた」とも話す。

 ITやAIの技術で食料は安くできるのではという石井氏の問いに、井伊氏は「消費者の選択の多様性があっていい。安さを最重要視する人もいれば、味にこだわる人もいる。どういう選択肢を作るかが大事。どういうトマトが良いかニーズを調べてそれを作り価値を高くする。マーケットのニーズに応えることも技術だ」と明快だ。

 多様性の重要さということでは、農家も同様と語るのは中家氏だ。「日本の農地の8割を担い手に集積しようという動きがある。日本の農業を全国、画一的に推し進めてよいのか。多様な農家があって農村のコミュニティが守られているのが実際。家族農業や中小規模農家をどう維持していくかが大きな課題。農村をどうするかという議論は、物を生産するという側面だけでは語れない」と強く訴えた。

 羽田氏も「国の農政が産業としての政策に舵を切ってしまい、確かに農村政策が弱くなっている。農政改革が中央集権的になっていることに危機感がある。我々は『農村価値創生政策』を提言し、農村地域のために自由に使える農村価値創生交付金を提案している」と全国町村会の立場から報告した。

 地域・農村の本源的価値を強調したのは堀田教授だ。「日本人は、お祭りや地域のコミュニティといった多面的機能、心の癒やしが存在しないとやっていけない。地域を維持してこそ効率的な農業をやる人も生活できる。誰もいない農村で効率のいい大規模農業をやる人がいるのか。地域(農村そのもの)を存続させることが基本的には農業の担い手を育てることにつながっていく」と熱く語った。

大事なのは顔の見える関係性を築いていくこと

シンポジウムは、休憩をはさんで質疑応答に移り、会場からは次のような多くの質問が寄せられた。

「山村再生に対する認知度は?」

「農業の担い手の高齢化に歯止めはかかるのか?」

「いつも外食してしまう。どうやったら自炊するようになるか?」

「農業未経験者が農業をやりたいときに何がポイントか?」

「連携が大切なのはわかったが、今まで連携できていなかったのはなぜか?」

「技術に頼るとイノベーションが起きないのでは?」

「料理研究家にはどうしたらなれるのか?」

・・・etc.

 中には笑いを呼ぶような質問や答えもあったが、聴衆は間違いなくこの日のテーマに“連携”していると確信させるような、親密さを感じる質疑応答だ。

会場となった東京農業大学・世田谷キャンパスの百周年記念講堂にはたくさんの聴衆が詰めかけた。
会場となった東京農業大学・世田谷キャンパスの百周年記念講堂にはたくさんの聴衆が詰めかけた。

 このやり取りを聞いていて思い出したのは、「農村の維持、生産、消費、すべてが連携していかないと日本の農業の発展は難しい。言葉で連携というだけでなく、顔の見える関係性を築いていくことが大事」だという堀田教授の言葉だ。「持続可能な食と地域」は決して簡単な問題ではないが、第一歩は人と人とのつながりから始まるのかもしれない。