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【夫が海外転勤!さぁ、どうする?】その2 現地でNPO法人を立ち上げた村上博美さん(part2)

 大学院で教鞭を執るなど華やかな経歴を持ち、海外でNPO法人を立ち上げた村上さん。そんなパワフルな彼女にとっても、仕事と子育ての両立が最初から順調だった訳ではない。

第11回WWDでスピーカーの話を聞く村上さん(一番左)。
第11回WWDでスピーカーの話を聞く村上さん(一番左)。

――子どもを預ける度に、毎回説明を求められる

 特に、当時生後9カ月だった娘を連れての東京での保育所探しには苦労した。その頃はまだ非常勤講師であったこともあり、保育所に子どもを預けるための認定ではフルタイムとはみなされなかった。また娘を一時的にどこかに預ける際も、毎回どうして子どもを預ける必要があるのか説明を求められ、働く母親への無言のプレッシャーを感じた。結局、認可では良い保育所を探すことができず、無認可の保育所を選んだが、“無認可”という役所のくくり方にも違和感があった。無認可ではあったが、娘が通っていたところはとてもアットホームで良かった。ただ小規模で同級生の友達が少なかったため、途中で幼稚園に転園。当然預かりの時間は短くなるため、幼稚園が終わった後は保育所で夕方までみてもらうという、2段階体制を取った。さらに保育所の送迎や自宅の掃除など、業者に頼める部分はなるべくアウトソーシングするようにした。「その分お金はもちろんかかったが、精神的にも自分の負担を減らすことができた」と村上さんは話す。

――転機はチャンスでもある

 夫の転勤に同伴して、人生で初めて「居場所がない」と感じた村上さんだが、東京の仕事を辞めることにさほど迷いはなかった。これまでやりたいことはやり、十分にキャリアを積んできたという自負と、娘の経験のために、アメリカでの生活の方が良いと考えたからだ。パートナーの転勤に同伴するかどうかは悩むところだが、こういった転機は「1つのチャンスでもある」と村上さんは強調する。1つの会社でずっと働き続けることや、何の疑問もなく同じ形態で仕事をすることが必ずしも“正解”とはいえない。パートナーの転勤や出産などの転機は、「自分が一番何をやりたいのかを考えるきっかけになる」と村上さんは言う。

自分の居場所を自分で作った村上さん
自分の居場所を自分で作った村上さん

――若い時にスキルを

 まだまだ女性1人の頑張りにかかっているような、日本の仕事と育児の両立の在り方には疑問を感じているが、若い頃にきちんとスキルを磨き、柔軟な働き方ができるよう能力を高めておくことが女性にとっては重要だと村上さんは感じている。また能力はもちろん、それまでに培った人脈やネットワークは、その後のキャリアでも必ず重要となってくる。しっかりとしたキャリアの基盤があれば、一旦仕事を離れる必要が出た時も次のステップへと進むことができる。

 村上さんが代表を務めるJSIE(Japan Institute for Social Innovation and Entrepreneurship)は今後も、能力はあるのに次のステップへの一歩を躊躇(ちゅうちょ)している女性や若者たちを応援し続ける。

(M.O.)

※村上さんのある1日のタイムスケジュール

6:30 起床

7:00 朝食

8:15 娘が学校へ

9:00 日本の関係先と電話会議(テレコン)

10:00 シンクタンクへ出勤

12:00 WWDの打ち合わせ

16:00 帰宅

17:00 娘の習い事

18:00 自宅でリサーチ

19:30 夕食

21:00 東京とテレコン

24:00 就寝

〔村上博美さんのプロフィール〕

 米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)など複数の大学・大学院卒。日本の会社で技術系総合職として勤務後、アメリカのビジネススクールに留学。フランス、ドイツなどを経て、1997~2008年まで学業と就業でワシントンD.C.に滞在。直近は、東京の政策研究大学院大学(GRIPS)で助教授として勤務。戦略国際問題研究所(CSIS)グローバルヘルスポリシーセンター非常勤フェロー、JSIE代表などの現職。