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後世おそるべし! 後世そだてるべし!

【支援対象に認定された世界に挑戦するアスリートの若者たち=東京都港区のザ・リッツ・カールトン東京】
【支援対象に認定された世界に挑戦するアスリートの若者たち=東京都港区のザ・リッツ・カールトン東京】

 右手にそろばんと左手に論語といえば、日本近代資本主義の父・渋沢栄一翁。第一国立銀行(現みずほ銀行)など500を超える会社を設立する一方、論語を心の糧にして数々の社会貢献事業を起こしたことで知られる。そろばん(もうけ)一本槍ではない、社会奉仕の志を持つ日本人経営者の理想像の一つは、翁に始まるといっても過言ではない。

 論語はおよそ2500年前の中国古代の孔子と弟子の言動を簡潔にまとめた言行録。後世、学者の手によって壮大な「儒教」の基本テキストの一つにされたが、本来は、理想の政治を求めて諸国を一〇年以上放浪し夢破れた、孔子と弟子のやり取りが淡々と述べられているにすぎない。

 優れた“論語読み”の著作を通して浮かび上がる論語の“真髄”は、孔子と個性的な弟子たちの熱い師弟物語であり、後進を育てる優れた教育者としての孔子の飾らぬ姿である。教師としての孔子の偉大な姿は、30歳年下の弟子、顏回とのやり取りの中によく現れている。

 顏回は「一を聞いて十を知る」賢い若者。孔子が「わたしもかなわない」と目を細める俊才にして最愛の弟子だ(巻第三)。

 論語の有名な次の一文は、孔子が顏回を念頭に発した言葉とされる(白川静氏)。

 後世おそるべき いずくんぞ来者(らいしゃ)の今に如(し)かざるを知らんや(若者の可能性はおそるべきものだ。これから世に出てくる彼ら若者が、現在の我々に劣っていると誰が断言できるだろうか、―あの顔回を見ろ!―できるわけがない)(巻第三)

 儒教は「長幼の序」(年上を敬うこと)を重視するが、孔子は若者をとても大切にした。いや、若者(=顔回)の未来に賭けていた。それだけに師を残して41歳で旅立った顏回の死は孔子を悲しみの淵に追い込む。「天われをほろぼせり、天われをほろぼせり」と孔子は当たり構わず泣き叫んだ(巻六)。この時、孔子71歳。2年前には息子の鯉も失っている。

 この孔子の慟哭(どうこく=声をあげて泣き嘆き悲しむこと)は当時としてはまれなことだったらしい。孔子が奉ずる儒家の礼儀作法では、肉親以外の死で慟哭することは禁止されていたからだ。孔子はその禁を破った。それも従者から「先生、我々の掟をお忘れですか、泣いちゃだめですよ、礼にはずれみっともないですよ」と言われて初めて慟哭に気づく呆然自失ぶり―。うろたえぶりは半端ない。

 従者の注意ではっと我に返った孔子の次のセリフがすごい。これが孔子の本質、教条主義者でない人類の教師たる孔子の真の姿だ。

 慟(どう)することあるか。かの人のために慟するにあらずして、誰(た)がためにかせん(わしは泣き叫んでいたのか、でも許してくれ。顔回のために泣き叫ぶことができなかったら、わしが泣き叫ぶ機会は永久にこない。今しかないんだ、一生に一度の男泣きだ。わしはわしが定めた掟を破る)(巻六)

 こう叫び孔子はなおも慟哭し続けた。白川「孔子伝」はいう。

 「顔回は孔子にとって光であったかもしれない。そしていまその光が消えたのである。孔子の未来が失われたのである。…孔子がすべての望みを託したその光は、眼前に消え去った。孔子が前後を忘じて慟哭したのは、当然であった。礼の形式などはもとより問題ではなかった」

 論語が、その時代的制約から階級制度を固定化する“支配層の具”にされながらも、これまで命脈を保ってきた秘密がここにある。孔子が若者に見た“光”は消え去ったかに見えたが、時を経て、渋沢栄一翁、そして現代の我々に届いていたのである。弟子の育成に全身全霊を傾けた孔子の人生は、後進を育て、若者に未来を託す大切さを教えている。

苗にして秀(ひい)でざる者あり。秀でて実らざる者あり(苗のままで穂を出さない人もいるねえ、穂を出したままで実らない人もいるねえ―とにかく努力し続けなきゃ)(巻第五)

 孔子は若者の成長過程をよく観察した。「小者はこれを懐(なつ)けん」(若者には慕われるようになりたい)とも語っている(巻第三)。弟子の成長度を見ながら、ものやわらかな態度で導いている。今日立て続けに表沙汰になる日本スポーツ界の“暴力指導”を知ったら、孔子の胸はつぶれるに違いない。

 9月5日に東京都内で開かれた「2018年度上月スポーツ選手支援事業」の認定式には、孔子いうところの、これから穂を出し、穂を実らせるに違いない若者が顔をそろえた。

 同支援事業は、世界の頂点を目指す小学生から大学生のアスリートを対象に、上月財団(東京、理事長・上月景正コナミホールディングス代表取締役会長)が、コナミホールディングスの配当金を使い、一人年間60万円を毎年助成している。支援を受けたアスリートは延べ1000人を超え、うち延べ68人がオリンピックでメダルを獲得している。

【東尾専務理事から認定書を受け取る大柄な中学3年の牧大晃さん=バレーボール=(右)】
【東尾専務理事から認定書を受け取る大柄な中学3年の牧大晃さん=バレーボール=(右)】

 今年で17回目を迎え、2010年と2013年に文部科学大臣による「スポーツ功労団体表彰」を受賞するなどスポーツ関係者の間では知られている事業だが、一般にはあまり知られていない地味な取り組みだ。

 上月財団設立の理念は「日本の将来は教育にあり」「将来の日本を背負って立つ人間を育てること」。目立たないが、孔子が若者に見た“光”は確実にこの財団にも届いている。

【東尾専務理事から認定書を受け取る小柄な小学5年の面手凛さん=卓球=(右)】
【東尾専務理事から認定書を受け取る小柄な小学5年の面手凛さん=卓球=(右)】

 今年は水泳や体操、柔道、スキー、陸上、スポーツクライミングなどの選手78人を支援対象者に認定した。認定式で上月財団の東尾公彦専務理事から認定書を受け取った岡山県玉野市立胸上小5年の面手凛さん(10)=卓球=は「全日本選手権で優勝、オリンピックで金メダルをとりたい」ときっぱり話す。目標は平野美宇選手。平野選手はこの日、認定式と併せて同じ部屋で同時開催された、優秀な成績を収めたトップアスリートを表彰する「2018年度上月スポーツ賞」の受賞者の一人として目と鼻の先に座っていたが、面手さんは「声をかけられなかった」とこのときは少女の顔に戻ってはにかんだ笑顔を見せた。

【卓球の面手凛さん】
【卓球の面手凛さん】

 スポーツクライミング競技で支援認定を受けた奈良県橿原市立光陽中学3年の谷井菜月さん(14)は「登りきったときの達成感が好き」と日本ではまだ新しい競技の魅力を語る。「2020年東京五輪で活躍したい」と2年後を見据える。

【スポーツクライミングの谷井菜月さん】
【スポーツクライミングの谷井菜月さん】

 2年後、我々は東京五輪で“おそるべき後世”をきっと目にするはずだ。そのためにも“後世おそるべし”に加えて、“後世そだてるべし”と言いたい。もちろん暴力はなしで…。