カルチャー

ダ・ヴィンチは“アスペルガー”!? 謎の人物像に迫る「レオナルド・ダ・ヴィンチと『最後の晩餐』」展、あべのハルカス近鉄本店で開催

 あべのハルカス近鉄本店(大阪市)のイタリア展催会場(ウイング館9階)に、縦2メートル、横3・5メートルの巨大な動く「最後の晩餐」が姿を現した。この世界的名画は、レオナルド・ダ・ヴィンチがイタリアの教会の食堂の壁に描いたものだ。

会場の様子
会場の様子

 “万能の天才”が代名詞のレオナルド・ダ・ヴィンチ。誰もが知る歴史的著名人だが、作品に“意味深な解釈”や“謎”が付きまとい、完成させた作品数もごくわずかだ。展示を監修したレオナルド・ダ・ヴィンチ研究者の京都大学名誉教授・斎藤泰弘(さいとう・やすひろ)さんに、ダ・ヴィンチの人物像について聞いてみた。

――なぜダ・ヴィンチに注目するのですか?

斎藤 「健全な体に健全な心が宿ってほしい」というのは、どの時代のどの親でも、自分の子に願っていることです。しかし、現代社会では知的能力が偏重される結果、子供の将来の幸せを願う親は、内心では「子供には習い事をさせる方がいい」と思っていても、小学校低学年の時から塾通いをさせることになります。でもその結果、難関大学を突破できた学生は、その多くが発達障害の徴候を持つという報告も出ています。頭はいいのに社会適応力のない症状のことを「アスペルガー症候群」といいます。これは自閉症の一種で、悪化すると「HIKIKOMORI」になってしまいます。今ではこの言葉も「TSUNAMI」と同じく国際通用語になってしまいました。……実は今から500年前のイタリアにも、これと似た症状を持っていた人がいました。それが現在では“万能の天才”と呼ばれるレオナルド・ダ・ヴィンチです。

レオナル・ド・ダヴィンチ「自画像」(Getty Images)
レオナル・ド・ダヴィンチ「自画像」(Getty Images)

――ダ・ヴィンチはどんな子供だったんですか?

斎藤 レオナルドは、ヴィンチ村の裕福な家のセル・ピエロ(25歳)と貧しい村娘カテリーナ(15歳)の間にできた私生児です。幸い父親の家に引き取られたので、貧しい思いはしなくて済んだのですが、幼い頃から奇妙な性向を示します。社会への入信式である文字習得の際に、正常な文字とは逆の“鏡文字”を頑なに書き続けたのです。父親は文字をなりわいとする公証人でしたが、その親がいかに矯正させようとしても無駄だったよう。つまり、彼は物心のつく頃から、すでに鏡の向こう側に住む孤独な人間だったのです。

ダ・ヴィンチが誕生したとされるヴィンチ村(Getty Images)
ダ・ヴィンチが誕生したとされるヴィンチ村(Getty Images)

――社会になじめない少年が、どうやって画家に?

斎藤 父親は、息子をフィレンツェの芸術家に弟子入りさせます。絵画は見えたままの像を鏡に映したように描くものであって、文字のように厳格な左右の規則に縛られません。それこそ水を得た魚のように絵画修業に熱中して、すぐに頭角を現します。早熟な天才画家の誕生です。

画家として修業した芸術の都フィレンツェ(Getty Images)
画家として修業した芸術の都フィレンツェ(Getty Images)

――その後の人生は順風満帆だったんですか?

斎藤 いえ、彼はなぜか作品を最後まで完成できないという奇妙な欠点を持った画家でした。しかし、30歳の頃にフィレンツェからミラノに移ると、今度は軍事技師として有名になり、平和時にはミラノ宮廷での豪華な祝祭の演出家や衣装デザイナーとして、引っ張りだこの人気者になります。鏡の向こう側に住む孤独な才人……。ですから当然、内向的で、非社会的で、厭人癖(えんじんへき)の強い気質のはずです。それが、鏡のこちら側の社会で大モテするというのは、皮肉としか言いようがありません。しかし、人間社会との“へその緒”が切れているという自覚、われわれが住む世界に対する奇妙な距離感こそが、冷静な目で人間と自然の振る舞いを観察して膨大な科学的探求やその成果を記した“手稿”と、ごく少数の卓越した“絵画”を残させることになったのです。この人間社会を含めた自然界についての科学的な観察と考察に基づいて描かれた絵の典型例が、ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の「最後の晩餐」です。

図形やイラストともに“鏡文字”でびっしり書かれた「パリ手稿F」(ファクシミリ版)
図形やイラストともに“鏡文字”でびっしり書かれた「パリ手稿F」(ファクシミリ版)

――あまりにも有名なダ・ヴィンチの「最後の晩餐」とは、あらためてどんな作品ですか?

斎藤 新約聖書の中で最もドラマチックな場面はどこでしょう。それは、最後の晩餐の席上でイエスが、「あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている」と告げた瞬間です。聖書は「弟子たちは非常に心を痛めて、『主よ、まさかわたしのことでは』と代わる代わる言い始めた」と記しています。古来、数多くの画家たちが競ってこの場面を描いてきましたが、彼らとレオナルドの絵の間には、大きな違いがあります。それはキリストの告げた言葉、つまり目に見えない音声が“波”となって広がり、弟子たちの“心”(心は目に見えないものです)にさまざまな反応を引き起こしている様子が、さまざまな身振り手振りによって“はっきりと見える”ように描かれていることです。

聖書(Getty Images)
聖書(Getty Images)

――よくわかりました。最後に来場者に向けてひと言。

斎藤 ダ・ヴィンチをよく知ることは、現代の若者たちを励まして、心の障壁を乗り越えさせ、彼らを元気づけることにもつながります。セミナーでは、他の画家たちの描いた「最後の晩餐」とレオナルドの壁画とを見比べながら、その違いと彼の絵画の魅力について説明します。

 斎藤康弘さんの「レオナルド・ダ・ヴィンチの謎に迫るセミナー」は10月21日(日)開催。1回目11時~、2回目13時~。各回約40分程度。あべのハルカス近鉄本店ウイング館9階催会場内イベントスペースにて。無料。イタリア展開催記念・没後500年「レオナルド・ダ・ヴィンチと『最後の晩餐』~大型ディスプレイで観る“動く名画”~」は10月23日(火)まで。