ビートルズ後期を代表するロック・ナンバー「ゲット・バック」は、LGBTすなわち性的少数者のことを歌っていた!? LGBTとは、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル(両性愛者)、トランスジェンダー(心と体の性が一致しない人)の頭文字をとったものだ。
高山宏之氏は著作『ビートルズの詞の世界』(実業之日本社)で、「おかまは田舎へ帰って百姓をやりなさい」という刺激的な見出しで「ゲット・バック」を紹介した。
この作品には二人の主人公がいる。一人は自分が一匹狼だと思っている男――ジョジョのことだ。もう一人はロレッタ・マーティンという名前の「おかま」。
高山氏による二番の訳は次の通りだ。「ロレッタ・マーティンちゃんは自分を女だと決めていた/けど、ほんとうは、ふつうの男だった/仲間たちは言う、あの娘(こ)はこんな生き方しかできないのよと/けど、彼女にしてみりゃ、やれるうちだけやってるってこと/帰れ、帰れ/お前の故郷(くに)に帰るんだよ」。
のちに内田久美子氏は『ビートルズ全詩集(改訂版)』(ソニー・ミュージックパブリッシング)で、次のように同曲の二番を訳していた。
「かわいいロレッタ・マーティンは女を自認してたけど/所詮はただの男だった/お仲間の“女性”たちが口を揃えてあとで泣きを見ると言うのに/彼女は今のうちに楽しんでおくつもりだ/帰れよ 帰ったほうがいい/おまえがもともといた場所へ帰れ」。
高山氏が三島由紀夫氏のエッセイを参考に解説するところによると、彼らゲイたちは自分たちを流行にのった存在だと思いがちで、寄る年波にもよるがゲイ・ボーイもそうそうは続けられず、次第に本来の自分を見失ってしまいがちだから、そうならないうちにおふくろさんの待っている田舎に戻りなさい、という歌だという。
高山氏の著作の初版は1981年。まだ時代的にLGBTへの理解が進んでいなかったことを頭に入れておかねばなるまい。「おかま」という言い方にしても、辞書では「男性同性愛者の俗称。蔑称として用いられることも多い」とされ、現在では「ポリティカル・コレクトネス」から「ゲイ」など他の言葉への言い換えが好ましいとされている。
さて、ポール・マッカートニーらがこの作品にとりかかったのは69年1月のこと。
途中、当時イギリスに大量流入し公営住宅を占拠するなどの社会問題になっていたパキスタン人のことが歌詞に取り上げられた。一種のプロテストソングにしようという試みがなされたのだ。しかし、ビートルズにそういう気はなかったとしても結果として「人種差別的」ととられる恐れがあることなどから、その試みは断念した。
一番の歌詞はこうだ。ジョジョという一匹狼をきどる男が一念発起、故郷を離れてあこがれの(マリファナも豊富な)カリフォルニアに行ってしまった、その彼に「帰れ、帰ってこい、もといた場所すなわち故郷に戻ってこい」と呼び掛ける内容だ。
ジョン・レノンは、この曲の「ジョジョ」とは自分(ジョン)のことを指しており、当時ビートルズよりもオノ・ヨーコとの関係を重視する自分に対して、もといた場所すなわちビートルズに戻ってこいとポールが呼び掛ける歌だととった。
「この曲の根底には、ヨーコに関するものが何かあるとぼくは思うんだ。“君がもといたところに戻れよ”という所にくるたびに、ポールはヨーコを見ていた。そんな事を言うと、『こだわりすぎなんじゃないか』ってポールはきっと言うだろうけどね」。
ポールは自伝『メニー・イヤーズ・フロム・ナウ』(ロッキング・オン)で反論した。
「大勢の人が自分がジョジョだと言い出したけど、全部違うよ。はっきり言っておくけど、僕は頭の中で特定の人物を描いてはいなかった。
フィクションの人物なんだ。男でも女でもあるような、あいまいな存在。僕はよく物事をあいまいに描くだろ。そういう歌を作るのが好きなんだ」。
歌詞の意味合いをめぐってはひと悶着あったが、「ゲット・バック」という作品自体は、ビートルズがライブ感覚のロックン・ロールへと「原点回帰」を見せたことなどが高く評価され、当時の英米のヒットチャートも席巻した。
英メロディ・メーカーのチャートでは69年5月3日~24日まで4週連続で1位。米国では同5月10日付ビルボード誌に10位で初登場、5月24日から6月21日まで5週連続のナンバーワンという大ヒットを記録した。
ちなみにリードギターを弾いているのはジョンで、電気ピアノはビリー・プレストンだった。
(文・桑原亘之介)