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【スピリチュアル・ビートルズ】 映画『レット・イット・ビー』に涙したジョン リメイク・フィルムが明らかにするのは?

『レット・イット・ビー/ザ・ビートルズ』
『レット・イット・ビー/ザ・ビートルズ』

 ビートルズ解散後、映画『レット・イット・ビー』を観たジョン・レノンは人目をはばからずに泣いたという。自分が作り、そのリーダーを自認していたビートルズが崩壊していくさまを描いた同映画を観て、こみ上げるものがあったのだろう。

 1970年6月のある日の午後、ジョンと妻オノ・ヨーコ、米ローリング・ストーン誌の創始者ヤン・ウェナーと妻ジェーンはサンフランシスコの映画館で映画『レット・イット・ビー』を観た(2020年8月18日付英「デイリー・エクスプレス」紙)。

 「映画館はがらあきだったが、誰も我々のことには気づかなかったと思う」とウェナーは語った。’69年のいわゆる「ゲット・バック・セッション」を記録した同映画を観たジョンは涙を隠すことが出来なかったという。「観終わって――その映画に記録されていたことへの参加者としてか、あるいは衷心(ちゅうしん)からのファンとしてかのいずれかだろうが、とにかく――私たちは、なぜか、泣いた」とウェナーは言った(「レノン・リメンバーズ」草思社)。

 ビートルズの伝記本「アンソロジー」によると、ジョンは同映画について振り返って次のように語っていた「撮影は地獄だった。ビートルズをどんなに好きなファンだって、あの悲惨な時間を耐え忍ぶのは無理だろう。この世で一番悲惨なセッションだった」。

 ’66年にツアーをやめ、翌’67年にはマネージャーのブライアン・エプスタインを亡くしたのち、ビートルズのメンバーたちの関係はぎくしゃくし始めた。またビートルズが自身の会社として立ち上げたアップルも倒産の危機に直面する中、ポール・マッカートニーがリーダーシップをとってコンサート・ツアーの再開を提案した。イングランド北部のダンス・ホールでライブをして、昔の活動を思い出して、グループ内の絆を深めるのが目的だった。

 だが、他の3人、特にジョージが反対。ポールは代わりに、一度だけコンサートを開こうと呼びかけたが、コンサート会場が決められなかった。そこでアップル・フィルムの幹部デニス・オーデルが「せめてリハーサルの様子を撮影して、後に番組の一部に使うか、別のテレビ・ドキュメンタリーに使えばいいと提案した」(ポール・マッカートニー「メニー・イヤーズ・フロム・ナウ」ロッキング・オン社)。この案を4人が受け入れた。

 そうして「ゲット・バック・セッション」の撮影が’69年1月初めに始まった。しかし、一度ゆがみ始めた4人の関係が修復されていたわけではなかった。さらに、ジョンには常にヨーコが寄り添っていた。これを他の3人は彼女がグループに割り込んできたととった。

 また、ポールがジョージに演奏の仕方を指示し、ジョージはそれにイラついた。二人の口論は映画『レット・イット・ビー』で見ることが出来る。さらにジョージはジョンとも激しく言い合い、スタジオを後にしてしまうという「事件」も起きた。

 ジョージは言った「ものすごくストレスの多い厄介極まる時期だった。ケンカしているのを撮影されるなんてひどい話だよ」「ツアーをやめてからだと思うけれど、ミュージシャンとしてプレイする自由がなくなってきていることを感じていた。主な原因はポールだよ」。

 そのポールは振り返って「今あの映画を見直すと、ちょっと自分が偉そうだなって思われても仕方ない気がするよ。ぼくにしてみれば、やる気になっていただけなんだけれど」と語った。だが映画では基本的に疲れていて不和状態にあることが見て取れるし、「ビートルズの崩壊が目前に迫って、ぼくは恐怖におののいていた」とポール。

 ’69年の1月いっぱい続いた「ゲット・バック・セッション」。崩壊し始めたビートルズが、もう一度輝きを取り戻すべく協力したのが、同年夏の『アビー・ロード』の制作だった。だが、ひとたび揺らいだ彼らの関係は修復が難しく、ビジネス上の問題もあり、さらにはポールを除く3人がグループよりも個人としての活動を優先しつつあったことを背景に、同年9月にはジョンがビジネス会議の席上、ビートルズとの「離婚」を表明した。

 ジョンの事実上の脱退は秘密にされたまま、ビートルズが「解散」するのは、皮肉なことに、誰よりもグループの存続を願っていたポールによる「脱退宣言」によってであった。’70年4月のことだ。その約1カ月後、問題のセッションがフィル・スペクターによって編集され完成したアルバム『レット・イット・ビー』がリリースされた。また同名映画のプレミアもニューヨーク、ロンドンなどで開かれたが、4人は誰も出席しなかった。

 それから約半世紀経った2019年1月、映画『レット・イット・ビー』のリメイク版の制作が発表された。新しい映画は『ロード・オブ・ザ・リング』三部作などで知られるピーター・ジャクソンが監督を務め、「ゲット・バック・セッション」を記録した55時間にも及ぶ未公開フィルムと140時間もの録音テープを基に制作されたという。

 映画やアルバムの『レット・イット・ビー』は当時バンドが経験していた苦闘というコンテクストでしばしば捉えられてきたが、「私は、真実がその神話とは全く異なっていることを発見して安堵した」とピーター・ジャクソンは語った(ビートルズ公式サイト)。

 彼は続けた―「ジョン、ポール、ジョージ、リンゴが一緒に仕事をして、今やクラシックとなった歌の数々を一から作っていくのを見ることは、たんに魅惑的なだけでなく、楽しく、気持ちを盛り上げてくれて、さらには驚くほどの親近感を覚えさせてくれた」。

 ポールは言った「ピーターが、ビートルズがともにレコーディングをしていた時の真の姿を描き出す映画を作るために、ぼくたちのアーカイブを掘り下げてくれたことを本当にうれしく思っています。ぼくたちの間にあった愛と友情が胸に蘇ってきて、当時、ぼくたちがどれほどクレイジーで素晴らしい時間を過ごしていたのかを思い出させてくれました」。

 リンゴもコメントを寄せた「実際のぼくたちは何時間も笑ったり、音楽を演奏したりして過ごしていました。以前に出たバージョンのような状態ではありません。楽しいことも数多くありましたし、ピーターは、きっとそれを見せてくれると思います。きっとこのバージョンは、ぼくたち自身が体現していた愛と平和がより強調された映画になると思っています」。

 映画『ザ・ビートルズ:Get Back』は2021年8月27日に全世界同時公開の予定だ。同月末には同名タイトルの豪華本も発売されることになっている。

 もしジョンが生きていたら、もう涙を流すこともないだろう。

文・桑原亘之介