エンタメ

【洋楽を抱きしめて】“ペパーミント・サウンド”が心地よいエア・サプライの「ロスト・イン・ラヴ」

『ロスト・イン・ラヴ/エア・サプライ』 (SMJ)
『ロスト・イン・ラヴ/エア・サプライ』
(SMJ)

 1980年代、その清涼感溢れる音楽が“ペパーミント・サウンド”と形容されて人気を博し、「ロスト・イン・ラヴ」、「オール・アウト・オブ・ラヴ」、「ときめきの愛を(Every woman in the world)」などヒット曲を連発したエア・サプライ。

 エア・サプライの歴史は70年代半ばにまでさかのぼる。’75年、英国生まれのグラハム・ラッセルと豪州出身のラッセル・ヒッチコックが、オーストラリアで行われたミュージカル「ジーザス・クライスト・スーパースター」のキャストの一員として出会い、意気投合。

 彼らの公式サイトによれば、二人は’64年にそれぞれ英国、オーストラリアでビートルズを見ていたなどの共通の音楽体験が絆を深める要因になった。

 グループを組んだ二人は’76年にシングル「ラヴ・アンド・アザー・ブルーゼズ」を発表、豪州のチャートで最高位2位の大ヒットとなった。’77年にはロッド・スチュワートの豪州、北米ツアーの前座を務める。だが、北米市場でのブレークにはまだ時間が要った。

 ’78年に豪州で「ロスト・イン・ラヴ」がリリースされた。この一番古いバージョンはオーストラリアで13位、ニュージーランドで3位とヒットを記録。そして、その曲を耳にしたアリスタ・レコードのクライヴ・デイビス社長が契約をオファーしたことから、エア・サプライの本当の意味でのサクセス・ストーリーが始まった。

 ’80年、再レコーディングされた「ロスト・イン・ラヴ」が全米3位を記録。そして「オール・アウト・オブ・ラヴ」が全米2位、「ときめきの愛を」が全米5位と、アルバム『ロスト・イン・ラヴ』から3曲のトップ5ヒットを生むことになった。

 彼らの爽やかなハーモニー、美しいメロディーから、エア・サプライの音楽は“ペパーミント・サウンド”などと形容されるようになる。日本ではアルバム『ロスト・イン・ラヴ』のジャケットがオリジナルのメンバー5人の写真から、リゾート感のあるウインド・サーフィンの写真に差し替えられて、彼らのイメージを決定的にしたのである。

 ’81年にはアルバム『シーサイド・ラヴ(The one that you love)』を発表。タイトル・ナンバーは彼らにとって初の全米首位となった。「ヒア・アイ・アム」(5位)、「スウィート・ドリームス」(5位)も全米チャートを沸かせた。アルバム・ジャケットには青空に浮かぶ気球が採用され、清涼感溢れるイメージが増幅された。

 翌 ’82年にリリースされたアルバム『ナウ・アンド・フォーエヴァー』からは「さよならロンリー・ラヴ(Even the nights are better)」が全米5位。’83年の『グレイテスト・ヒッツ』からも全米5位の「渚の誓い(Making love out of nothing at all)」が生まれるなど、わずか4年で7曲ものトップ5入りを記録した。

 ’88年に一旦解散するものの、’91年に再結成。現在も精力的に活動中だ。

文・桑原亘之介