カルチャー

【ラグビーW杯開催国、フランスを歩く】⑥ 長い歴史と独創性が光るナント

W杯に向け急ピッチで工事が進むボジョワール・スタジアム。
W杯に向け急ピッチで工事が進むボジョワール・スタジアム。

 2023年のラグビーW杯開催国、フランスを巡る連載の最終回。5回目まではフランス南部を歩いてきたので、ラストは北上して北西部の街ナントへ。大西洋に近く、行政的に地域圏はペイ・ド・ラ・ロワールに属するが、地元のアイデンティティーはブルターニュ。古い歴史を持ち、その創造性豊かなエスプリは現在進行形。ラグビー日本代表は来年、アルゼンチンと対戦する場所だ。

 この街を初めて歩く時、知っていると便利なのが道路に引かれた「グリーンライン」と呼ばれる緑の線。市内の芸術作品やモニュメント、歴史的な場所など、“ナント初心者”がまず関心を寄せるだろうポイントを22キロにわたってつないでいる。この線に沿って散策すれば、見るべきものを網羅できる。

優雅なブルターニュ大公城。
優雅なブルターニュ大公城。
大公城の入り口。
大公城の入り口。

 筆頭はロワール川の北側にあるブルターニュ大公城。元々は1207年に当時のブルターニュ公が建造、歴代公が住んだ後、15 世紀に最後のブルターニュ公、フランソワ2世が再建している。独立国家として栄えた公国だが、花崗岩で城を囲む城壁が、フランス王国からの侵攻に備えて要塞としての機能も持っていたことを物語る。だが、その内側にある大公城は、石灰岩でできた優雅な白亜の城。公国の独立を守ろうとフランス王と2度結婚したフランソワ2世の娘、アンヌ・ド・ブルターニュが、ゴシック・フランボワイヤン様式とルネッサンス様式の調和した優雅な城を完成させた。アンヌは最後まで公国のために生きた人として、ブルターニュの人々のヒロインとも称され、大公城の前の広場にはアンヌの銅像が立っている。だが彼女の死後、公国はフランス王国に併合され、この大公城も王家の居城になっている。現在の城の中はナント歴史博物館だ。

アンヌ・ド・ブルターニュの像。
アンヌ・ド・ブルターニュの像。

 緑の線に沿ってロワール川の中州、ナント島に渡ると、世界で最も独創的なアトラクションに贈られる賞を受賞した「レ・マシーン・ド・リル」がある。かつて造船で栄えたことを物語る巨大な黄色いクレーンに迎えられ、造船所の跡地にできたこの壮大なプロジェクトの中に足を踏み入れると、アトラクションという言葉から想像する遊戯施設やテーマパークとは一味も二味も違う、機械仕掛けの独創的な世界が広がっている。

カルーゼル外観。
カルーゼル外観。

 このプロジェクトを担っているのは、ラ・マシンというクリエーター集団。まずは「海の世界のカルーゼル」というメリーゴーランドへ。海底から海面までを表現する3段のメリーゴーランドは高さ25メートル、直径22メートルの空間。海底の階には大きなカニやイカなど14種類のマシーンが、海中の階にはマンタのマシーンなどが吊られ、海面の階にはトビウオやクラゲ。それぞれが独特の金属音に乗って回っている。このメリーゴーランドでは、ただ動く乗り物に乗って回るだけでなく、たとえばエビのマシーンに乗り込んだら、足のペダルをこぎながらハサミを動かすという体験が加わる。実はこのメリーゴーランド、ナント出身の作家でSFの父ともいわれるジュール・ヴェルヌの作品『海底2万里』の世界を表現していて、奇怪な海の生物たちと一緒に探索機の潜水艦なども回っている。

カルーゼル海底の階。
カルーゼル海底の階。
カルーゼルの海中の階の機械仕掛けの魚。
カルーゼルの海中の階の機械仕掛けの魚。

 もう一つ、見逃せないのは動く「巨大象」。高さ12メートル、幅8メートル、長さ21メートル。鋼鉄の骨組みと象の皮膚にあたるシナノキなどの木の覆いは全部で重さ48.4トンだ。建物の4階くらいの高さに相当するこの象の背中にのって、かつての造船所の風景を時速1~3キロくらいでのんびりと眺める体験はここでしかできない。巨大象との散歩が終わったらギャラリーへ。機械仕掛けのクモやチョウ、ハチドリ、巨大なアリなどがどう動いているのか間近で見ることができ、実際に自分で動かしてみることもできる。動物や昆虫のマシーンの巨大さはもちろん、機械が動く様子が可視化されているのは、デジタルな時代には懐かしくも新しいアトラクション。レオナルド・ダヴィンチの機械仕掛けの世界が交錯するこの場所では、子どもはもちろんだが、大人がさらに夢中になってスタッフの説明に聞き入っているのがよく分かる。

巨大象の散歩。
巨大象の散歩。

 このナント島の先端まで緑の線をたどっていくと、「バナナ倉庫」と呼ばれるレストランやバー、アートギャラリーや劇場などが入る施設にたどりつく。以前は文字通り、グアドループやコートジボワールなどから輸入したバナナを追熟させるための倉庫だったところを再生。当時の貨車のレールがそのまま残され、ロワール川沿いには、ナントの歴史と未来を表現したという直径4メートルの金属製の輪が18個並んでいる。夜はこの輪が3色にライトアップされ、川沿いのバーで一杯、の雰囲気を盛り上げる。川向うにはジュール・ヴェルヌの博物館、そして日本人造形作家、川俣正さんが作った鳥の巣のような見晴らし台がある。

川沿いに設置された18の輪。
川沿いに設置された18の輪。

 緑の線に沿って歩く街中にはさまざまな屋外アートも点在し、季節が良ければ長く歩いても飽きないのがナント。空腹を満たし疲れを癒やす店にも事欠かない。19世紀末に陶芸家が建てた芸術的な建物で食事ができるのは「ラ・シガル」。シャンソン「枯れ葉」の詞でも知られるフランスの詩人ジャック・プレヴェールや、文学者のアンドレ・ブルトンなどが通ったことでも知られ、映画の撮影舞台にもなっている。

ラ・シガルの芸術的な店内。
ラ・シガルの芸術的な店内。
ラトランティッドの主菜、海藻で飾られた仔牛肉。
ラトランティッドの主菜、海藻で飾られた仔牛肉。

 時間とお財布に余裕があるなら、ロワール川沿いの「ラトランティッド1874」へ。魚料理を中心に地元のワイン、ミュスカデとのマリアージュを堪能できるミシュラン一つ星の店だ。街中にはナントのアイデンティティーであるブルターニュの名物、クレープの店も多い。そば粉のクレープで軽く食事を済ませ、小麦粉の甘いクレープでデザート。フランス人が住みたいと思う街のトップになったこともあるナント、何日か滞在すると住みたくなってしまうかもしれない。

text by coco.g

 詳細な観光情報はナント観光局フランス観光開発機構のホームページで。