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夏の甲子園たけなわの今だからこそ心に響くものがある『野球部に花束を』【映画コラム】

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『野球部に花束を』(8月11日公開)

(C)2022「野球部に花束を」製作委員会

 中学時代の野球部生活に別れを告げ、青春をおう歌するため、長い茶髪にして高校に入学した黒田鉄平(醍醐虎汰朗)。ところが、夢に見たバラ色の高校生活は、うっかり野球部の見学に行ってしまったおかげで、早くもゲームセットとなる。

 新入生歓迎の儀式で丸刈りに逆戻りし、コンプライアンスなど全く無視の原田監督(高嶋政宏)の下、先輩の奴隷と化す、地獄の日々が始まる。

 ごく普通の都立高校野球部で、助け合ったり、いがみ合ったりしながらも生き延びていく黒田ら1年生部員(黒羽麻璃央、駒木根隆介、市川知宏、三浦健人)たち。ところが彼らも、次第に恐れていたはずの“野球部の伝統”に染まっていく。

 クロマツテツロウの同名野球漫画を映画化。監督・脚本は『ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~』(21)で、長野五輪におけるスキージャンプのテストジャンパーたちを描いた飯塚健。

 元千葉ロッテマリーンズの里崎智也が野球部あるある解説者役、小沢仁志がキャプテンのカリカチュアされた姿として登場する。

 自分自身の経験でいえば、小学生のときに少年野球のチームに所属したが、中学校には野球部がなかったので代わりにバレーボールをし、高校生になってもう一度野球をしようかと思ったものの、丸刈りになるのと先輩後輩の関係が嫌で、結局諦めたという苦い思い出がある。

 だから、この映画の鉄平たちの気持ちはよく分かるし、運動部に付きものの縦割り構造と理不尽な人間関係といった、時代錯誤的な図式は決して好きではないのだが、この映画を見ていると、ばかばかしいと思いながらも、いつしか彼らの姿がいとおしく見えてくるという、少々困った感覚に陥る。

 部員役には誰一人として本物の高校生はいない。一見おっさんたちの草野球かと見紛うばかりのメンバーで、爽やかさのかけらもないのだが、不思議なことに見ているうちにだんだんと違和感がなくなっていく。

 誇張された描写に大いに笑わされながら、ふと切なくなったりもする。やれコンプライアンスだ何だと、何かと締め付けがある今の世の中では、逆に彼らの姿が痛快に見えるところすらある。

 これは、原作者、監督をはじめとするスタッフ、キャストが、高校野球に対する愛と憎しみを、照れることなく表現した結果だろう。久しぶりに、くだらないけど面白い映画を見られた喜びを感じた。夏の甲子園たけなわの今だからこそ心に響くものがある。原田監督の「野球に狂え!」は名言だ。

(田中雄二)