カルチャー

山下達郎は魚の種類を知らない!? 歌詞で使われる言葉の使用頻度を可視化して分析【「AR三兄弟」長男・川田十夢さんに聞く】(上)

クラウドタグによる分析画面「山下達郎(1975-2012)」。
クラウドタグによる分析画面「山下達郎(1975-2012)」。

 「空まで抜ける声を持った音楽職人」――漫画家、画家で文筆家でもあるヤマザキマリは小学校高学年の時からあこがれてきた山下達郎のことをそう評した。

 FMラジオから聞こえてきた山下達郎が歌う「パレード」は、「恐らく私が人生で初めて好きになった“歌う人間の声”」(ヤマザキマリ著「男子観察録」幻冬舎文庫)だった。

 その理由について、ヤマザキマリは「日本人の声にありがちな情緒的で湿っぽさが一切感じられなかったのが決め手でもあった」と書いた。

 14歳の時にイタリアへ行ったヤマザキマリは、坊主頭で全身パンクな服装姿だったが、ウォークマンで聴いていたのは、タツローの「ビッグ・ウェイブのテーマ」だった。

 「パンクの武装でイタリアに、新たな自分の人生の開拓に踏み込んだ私の細胞は、終始、山下達郎さんの音楽で栄養補給をし続けていたのである」

 そんな山下達郎のデビューは1975年。大貫妙子、村松邦男らとともに組んだグループ「シュガーベイブ」で、シングル「DOWNTOWN」、アルバム『SONGS』を発表した。
 翌’76年には、アルバム『CIRCUS TOWN』でソロデビューを果たす。

 音楽ファンの間でカルト的な人気を集めてきたタツローだったが、’80年にリリースした「RIDE ON TIME」が大ヒットしてブレーク。その名は全国区となった。

 アルバム『MELODIES』(’83)に収録された「クリスマス・イブ」が、’89年にオリコンチャートで1位を獲得し、20年以上にわたってチャートインさせた。

 ’84年以降、妻となる竹内まりやの作品のアレンジ、プロデュースを手掛けるとともに、CMタイアップ曲の制作や、他のアーティストへの楽曲提供まで、幅広い活動を続けている。

 『FOR YOU』からは基本的に自ら作詞を

 タツローは当初、作詞を吉田美奈子に任せることが多かったが、1982年のアルバム『FOR YOU』からはタツローが基本的に歌詞も自分で書くようになった。

 タツローは「ようやくヒットが出て、アルバムにも予算がかけられるようになって、スタジオとか、ミュージシャンとか、いろいろ少しずつ改善していったわけですよ。あとは何をするべきかと考えた時に、歌詞に思いが至ったんです」という。

 夏をテーマとした作品が多いことから自然と生まれたキャッチコピーの「夏だ、海だ、タツローだ!」に「辟易(へきえき)していたこともあって、じゃあ自分で書いてみようかな、と思って書きました」。(「BRUTUS」2022年7月1日号)。

 タツローが書いた歌詞で使われた言葉の使用頻度の多寡を「タグクラウド」(テキストデータの斬新な視覚表現)という手法を使って、開発ユニット「AR三兄弟」の長男・川田十夢(かわだ・とむ)さんが一目で分かるように可視化した。その川田さんに聞いた。

 今回の分析対象となったのは、1975年のデビュー作『SONGS』から、ソロデビュー・アルバム『CIRCUS TOWN』(’76)、『SPACY』(’77)、『GO AHEAD!』(’78)、『MOONGLOW』(’79)、『RIDE ON TIME』(’80)、『FOR YOU』(’82)、『MELODIES』(’83)、『BIG WAVE』(’84)、『POCKET MUSIC』(’86)、『僕の中の少年』(’88)、『ARTISAN』(’91)、『COZY』(’98)、『RARITIES』(2002)、『SONORITE』(2005)、『RAY OF HOPE』(2011)までの代表作49曲から編まれたベスト盤『OPUS ALL TIME BEST』である。

『OPUS ALL TIME BEST 1975-2012/山下達郎』 (ワーナーミュージック・ジャパン)
『OPUS ALL TIME BEST 1975-2012/山下達郎』
(ワーナーミュージック・ジャパン)

 使用頻度が多い天気にまつわる言葉

 川田さんによると、「『高気圧ガール』や『2000トンの雨』といった作品タイトルからも分かるように、タツローさんの歌詞においては天気、気象にまつわる言葉の使用頻度が多いのです。おそらくはご自分で“ストライクゾーン”を決めたのだと思います」。

 「雨、風、空、光、晴れなど、トータルの登場回数でいうと、“君”と同じくらい気にしていることになります。たまに、天気と君がごっちゃになって、君のことを“高気圧ガール”と呼んでしまうこともあるようです」と川田さんはジョークを飛ばす。

 「気候や季節を表わす言葉に抒情性を見るというのは、日本の芸能の由来がそこにあるわけだから、そのことをすごく感じます」と川田さん。

 職業ミュージシャンとしてスタートして、レコードを続けてやっていきたいと思った時から、「日本語と日本特有のものをすごく実践してきたのでは」と川田さんはいう。

 川田さんは分析する。
 「日本語の中に日本特有のメロディーがあるはずです。他のミュージシャンたちだと、洋楽のメロディーを引っ張ってきて、いかにそこに日本語を乗せるかということに苦労する。でもタツローさんの場合は、ユーミンと同じように、日本語の韻律から言葉をはめていっているような感じがします」

 シンガーソングライター自身の気分と時間感覚をつぶさに反映するのが、歌詞に登場する曜日だと川田さんはいう。

 「山下達郎の場合、金曜日を嫌悪しているようです。『ターナーの汽かん車』の中で、“退屈な金曜日”とばっさり切り捨てています」

 「一方、土曜日は大好きみたいです。土曜日の夜はいつも賑やかで、土曜日の恋人にはいつも“土曜日の夜は始まったばかり”だと声をかけているようです」

 フィッシュの握りひとつ

 川田さんは著書「拡張現実的」(東京ニュース通信社)で「山下達郎は、魚の種類をあまり知らない・・・寿司屋(すしや)では“フィッシュの握りひとつ”と頼みそうだ。かと言って、何でもいいわけではない。イメージと違うネタが出て来たら“私が秋にフィッシュと言ったら、秋刀魚のことだろう”と文句を言う。“フィッシュにRIDE ON TIMEと言ったら、心に火を点けてということだ”と付け加え、隣のまりやが赤面する場面も・・・」と書いた。

 タグクラウド分析の結果、山下達郎が美しい自然や季節の移り変わりを重要視していることが分かる。だが、「こと魚に関しては全く興味がないようです。彼のシングル『踊ろよ、フィッシュ』では、フィッシュという魚らしき単語が頻発するものの、それが一体なんの魚を示しているのか、まったく分かりません」と川田さんは語る。

 「おかしいなと思って、ぴあの山下達郎特集号を参照したところ、予感は的中。なんと、自身の魚はすべてヒラメだと思っていることが判明。納得」

 山下達郎の歌詞世界の「最大のミステリー」として、「しじま」があるという。
 「これ、ほんとよく意味がわかりません。一般的には静まりかえっていることを表わす言葉なのですが、彼の歌う“しじま”はそれだけじゃない気がします」

 そして、山下達郎の曲には、「中」という表現が頻発する。「僕の心の中」、「気配の中」、「二人の手の中」、「水の中」、「人混みの中」、「夜の中」、「瞳の中」、「朝もやの中」、「夢の中」、「腕の中」、「風の中」、「雪の中」といった具合。

「山下達郎(1975-2012)歌詞の使用頻度ランキング」。
「山下達郎(1975-2012)歌詞の使用頻度ランキング」。

 「2008年に発売されたシングル「ずっと一緒さ」では、さらに“しじまの中で”と歌われています。脳は中から中へ、深まるばかり」と川田さん。

 川田さんはいう。「とにかく“中”が気になるようです。また、「時代の中」、「時の中」とも歌っていることから、やはり代表作の“RIDE ON TIME、”時に乗るという意味、ではありませんが、時間を乗り物だと思っているようです」。

 タツローは作品創りを通して目指すところについて語っていた。
 「“今の時代の音像”というか、“空気感”は絶対に必要となってくるので、「そこに自分の今までのスタイルをどう融合させていくか。まさに“RIDE ON TIME”だな」(「Yahoo!ニュース」)。