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ユーミンを裸にする! 歌詞で使われる言葉の使用頻度を分析【「AR三兄弟」長男・川田十夢さんに聞く】(中)

タグクラウドによる分析画面「荒井由実(1972-1976)」。
タグクラウドによる分析画面「荒井由実(1972-1976)」。

 2022年、ユーミンこと松任谷由実さんはデビュー50周年を迎えた。
 そのユーミンが2022年度の文化功労者に選ばれた。「私は、洋楽から強く影響を受けた作曲に、日本語の美しさ、洒脱(しゃだつ)さをいかに伴わせて、歌という形に留めるかを、楽しんだり、苦しんだりしながら続けて来ました」とコメントした。
 さらに、10月初めにリリースされた『ユーミン万歳!~松任谷由実50周年記念ベストアルバム~』はオリコン週間アルバムチャート(10月7日付)で初登場1位となった。
 松任谷さんは今回の首位によって、1970年代、80年代、90年代、2000年代、10年代、20年代の6つの年代でアルバム1位を達成。オリコン史上初の快挙となった。
 ユーミンはメロディーに定評があるが、歌詞への評価も極めて高いシンガーソングライターである。荒井由実時代から最新作『深海の街』(2020)までの全作品の歌詞で使われている言葉の使用頻度の多寡を「タグクラウド」(テキストデータの斬新な視覚表現)という手法で可視化した、開発ユニット「AR三兄弟」の長男・川田十夢(かわだ・とむ)さんに聞いた。

 茫洋としていた荒井由実時代

 荒井由実時代の『ひこうき雲』(1972)、『MISSLIM』(’74)、『COBALT HOUR』(’75)、『14番目の月』(’76)に収録された全作品の歌詞を分析したビジュアルでまず目に入って来るのは「私」という一人称だ。
 ユーミンを川田さんのラジオ番組にゲストとして迎えた時、「“私”という言葉が一番使われています」と伝えると、「そりゃ、そうですよ。だって、私だもん」との返事だった。
 「ユーミンほど自覚的な人はいない。音符と同じように日本語に潜む韻律みたいなものがあるが、それを踏まえて、言葉と音楽の関係性に意識的」だと川田さんはいう。
 「どのタイミングでどの言葉を使うのかを考えている。最初の頃に“私”と歌うのと、キャリアを重ねてから“私”と歌うのとでは違うのです」
 川田さんは続けて「女性シンガーソングライターの場合、気持ちや感情を重視しがちだが、ユーミンは違っていて、いわば“作家”。 セルフプロデュースしている」と分析。
 ユーミンは「荒井由実時代は茫洋としていたわね」、「雨とか、雲とか、ひこうき雲とか。霧とかね」と川田さんに言ったという。確かに、川田さんが分析結果の詳細を伝える前に、ユーミンはすでに自分で自分の作品のことを正確に把握していたのだ。
 「ユーミンはデビュー作から完成されているのです」と川田さん。
 次に分析の対象とした時期は、松任谷由実となってからの1977年から2016年までの、『紅雀』(’78)、『流線形’80』(’78)、『OLIVE』(’79)、『悲しいほどお天気』(’79)。
 『時のないホテル』(’80)、『SURF&SNOW』(’80)、『水の中のASIAへ』(’81)、『昨晩お会いしましょう』(’81)、『PEARL PIERCE』(’82)、『REINCARNATION』(’83)、『VOYAGER』(’83)、『NO SIDE』(’84)、『DA・DI・DA』(’85)、『ALARM a la mode』(’86)、『ダイアモンドダストが消えぬまに』(’87)、『Delight Slight Light KISS』(’88)、『LOVE WARS』(’89)。
 『天国のドア』(’90)、『DAWN PURPLE』(’91)、『TEARS AND REASONS』(’92)、『Umiz』(’93)、『THE DANCING SUN』(’94)、『KATHMANDU』(’95)、『Cowgirl Dreamin‘』(’97)、『ユスアの波』(’97)、『FROZEN ROSES』(’99)。
 『acacia(アケイシャ)』(2001)、『Wings of Winter, Shades of Summer』(2002)、『VIVA! 6×7』(2004)、『A GIRL IN SUMMER』(2006)、『そしてもう一度夢見るだろう』(2009)、『Road Show』(2011)、『POPCLASSICO』(2013)、『宇宙図書館』(2016)。

タグクラウドによる分析画面「松任谷由実(1977-2016)」。
タグクラウドによる分析画面「松任谷由実(1977-2016)」。

 解像度が高まった四季の心象風景

 ’76年生まれの川田さんは、小学生時代からユーミンの歌を聴いてきた。そんな川田さんは時代ごとにユーミンの歌詞を分析することで、さまざまな変遷があることに気づいた。「季節を例にとると、荒井由実時代は一種のタームとして捉えていて、流れゆく抽象的なものとして描いています」と川田さんはいう。
 「『季節』という言葉は荒井由実時代からよく使っていますが、松任谷由実時代になると、四季の心象風景を具体的に『春』、『夏』、『秋』、『冬』それぞれ、解像度を高めての表現になっていきます。春は春でもどういう時代の春なのか、というように」。
 たとえば、「夏」と「冬」を高い解像度でつづったアルバム、そのタイトルもずばり『SURF&SNOW』。「サーフ天国、スキー天国」、「雪だより」、「恋人がサンタクロース」といった具体性が高いテーマの曲が並んでいる。
 そして、「具体的あるいは抽象的という変化には、サウンドも関係していると思います。70年代のアコースティックなサウンドには具体的で強い言葉は似合わない。その点、80年代のエレクトリックな音であれば、具体的な言葉でも成立する」。
 ユーミンは恋愛について歌い続けている。その中で、「愛」と「恋」という言葉は時代を超えて歌われ続けているが、荒井由実時代のほうが「恋」が出てくる頻度が高いことが分かる。それは「若さゆえなのでないか」と川田さんは推測する。
 川田さんが見るところ、松任谷由実になってからの仕事は、夫の松任谷正隆さんとの「共作意識」が強いのではないか。「「恋」よりも「愛」について歌うようになったことも大きい。「彼」という言葉を使うようになり、多くの登場人物を扱えるようになった」と語る。

 「私」から「君」へ

 次に分析したのは、コロナ禍の2020年に制作されたアルバム『深海の街』。タイトル自体がコロナ下で静まり返った街のことのようでもある。さらに「あなたと 私と」という収録曲には次のような歌詞がある――「街の音も/人の声も/遠くへ消えていった」。

 そして「特筆すべき解析結果」(川田さん)も明らかに。これまでずっと一番多く使われてきた「私」という言葉に代わって「君」が使用頻度1位になっていた。コロナ禍で閉塞感が強まった社会で改めて人とのつながりを見直したいという思いがあるのではないか。
 また、「歩きだそう」というメッセージが込められていることが分かるという。川田さんは「叙情性が豊かな印象のユーミンが、明確な『光』を歌っていることに、あらためて深刻なパンデミック下であったことを思い出させました」と語る。
 最近、注目したのは『ユーミン万歳!~松任谷由実50周年記念ベストアルバム~』のラストに収められた「Call me back」という楽曲――「書きかけで終わってた/見慣れた文字のメッセージ/どんなことを言いたかったの/ただの独り言」。
 この作品では、50年の時を超えて、現在の松任谷由実と最新のAIで再現された荒井由実のボーカルとの初の「デュエット」が実現した。川田さんは「改めて現代的な発想をする人だと思った」という。「テクノロジーの分野では、AIとしてその人の声や曲の作り方を残しておかないと、もはや作家の名前は残らないのではないかといわれています」。
 「しかし、作家自身がそれを許さないと、次にはいけません。ユーミンは『Call me back』で、それを早い段階で許可したのだと思います。ただAIは一からものを作れない。マネをするだけ。まだまだユーミンには素晴らしい音楽を発表していただきたいと思います」。

タグクラウドによる分析画面「松任谷由実(2017-2020)」。
タグクラウドによる分析画面「松任谷由実(2017-2020)」。

 (2021年9月20日付「note」記事、「アン・アン」2022年10月5日号、「BRUTUS」2022年10月15日号も参照した)。