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【インタビュー】『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』安田顕「完成した映画を見たら、今まで以上に『母親を大事にしたい』という気持ちが湧いてきました」

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-サトシと母親の関係に共感する部分はありましたか。

 全面的ではないにしろ、共感はしました。男にとって母親は絶対的な味方。心から甘えることができる人で、愚痴も言ってしまうし、どんなことがあっても味方でいてくれる…。そういう甘えが、男にはあるのかな。その分、失った時の喪失感はとてつもなく大きいでしょうね。その一方で、うっとうしさを感じもします。劇中でも、サトシが母親からの電話に出ない場面がありましたが、僕も母親と電話すると、3分持ちません。

-そういう意味では、安田さんとお母さんの関係も、サトシと母親に似ていますか。

 どうなんでしょう。でも映画を見ている最中、何度か「こういうことあるよね」と思いました。原作が広く愛されている理由は、やはり共感する方がたくさんいるからではないでしょうか。ただ、僕の母親は、サトシの母親とはかなり違いますが(笑)。

-この映画に出演したことで、お母さんに対する接し方が変わったようなことは?

 撮影中に自分の母親を思い出すことはありませんでしたが、完成した映画を客観的に見て、いろいろと思うことが出てきました。映画を見て教えられた感じでしょうか…。その後、誕生日に「おめでとう。体に気を付けて、これからも私を楽しませてください」とメールをもらいました。いつも私のことばかり気にかける母が初めて、自分を楽しませてほしいと付け加えていたんです。母との時間を大切にしたいと思いました。それもこの映画のおかげです。

-お母さんがこの映画をご覧になったらどんな感想を持つでしょうか。

 それは聞いてみないと分かりませんね(笑)。ただ、必ず見てくれると思います。僕の故郷は北海道の室蘭市で、両親は今もそこに住んでいます。『俳優 亀岡拓次』(15)の舞台あいさつを地元でやったときは、北寄貝の入ったおにぎりを握って持ってきてくれましたし、『小川町セレナーデ』(14)のときは、川崎が舞台の映画なのにわざわざ札幌まで見に来てくれましたから。後になって「今だから話すけど、(観客は)私たち2人だけだった。(北野)武さんのとき(『龍三と七人の子分たち』(14))は、いっぱいいたのに」と言われましたけど(笑)。

(取材・文・写真/井上健一)

『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』