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「今までミュージシャンとして培ったものを生かして一生懸命、アナウンサーを演じているところです」トータス松本(河西三省)【「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」インタビュー】

「今までミュージシャンとして培ったものを生かして一生懸命、アナウンサーを演じているところです」トータス松本(河西三省)【「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」インタビュー】 画像1

 開幕したロサンゼルス五輪でメダルラッシュの快進撃を見せる日本水泳陣。日本国内にその喜びを伝えたのが報道陣だ。だが、当時のスポーツ報道は発展途上で、さまざまな苦労が伴った。第30回では、現場で見た競技の様子を、あたかも目の前で行われているようにラジオ局のスタジオで再現する「実感放送」が登場。今では考えられないその手段に、驚かされた視聴者も少なくないだろう。この実感放送を考案した一人が、アナウンサーの河西三省。後にベルリンオリンピックで「前畑ガンバレ!」の名文句を発したことでも知られる人物だ。演じるのは、ロックバンド・ウルフルズのボーカルとして活躍するトータス松本。実感放送や、「前畑ガンバレ!」の裏話を交えながら、撮影の舞台裏を語ってくれた。

河西三省役のトータス松本

-第30回、河西さんがロス五輪のときに行った伝説の「実感放送」が再現されていました。演じてみた感想は?

 実況中継ができなくなって急遽思いついたものだそうですが、「そんなこと本当にあったの?」と思うぐらい、おかしな話ですよね(笑)。だから、演じる上では思い切りエモーショナルな感じの方がいいだろうと思い、振り切った感じにしてみました。実際に河西さんがやったものよりも誇張されていると思いますが、「そんなアホな!」という雰囲気は伝わったのではないかと。僕も楽しかったです(笑)。

-実感放送をはじめ、当時まだ発展途上だったスポーツ報道に取り組んだ河西さんの心境は、どんなものだったのでしょうか。

 いろいろと手探りの部分が多かったでしょうね。いかに自分が見ている情景を、聞く人が思い浮かべられるように伝えるか。そのことを考え抜き、自分で発明した言い回しも、たくさんあったはずです。例えば、河西さんと一緒にロサンゼルスへ行った松内アナウンサー(ノゾエ征爾)。彼は野球の実況で、今では当たり前になっている「ピッチャー、振りかぶって、第1球投げた」の「振りかぶって」というフレーズを考案した方なんだそうです。「ピッチャー投げた」「バッター打った」では、あまりにも平坦だからと。そんなふうに、苦労も多かったと思いますが、「これから自分が作っていくんだ」という楽しさを感じていたのではないでしょうか。

-改めて、出演オファーを受けたときのお気持ちを聞かせてください。

 「いだてん」の制作が発表されたときから、「絶対に見る!」と楽しみにしていたんです。それと同時に、出演者の顔ぶれを見ていたら、何の根拠もないのに「もしかしたら、(自分にも出演の)話が来るんじゃないか?」という予感もありました。だから、お話を頂いたときは「本当に来た!」と、ものすごくうれしかったです。でも、どんな役か聞いたら「アナウンサー」だと…。それを知って、「やれるかい!」という気持ちと、「できそうな気がする…!」という気持ちの両方が湧いてきました。

-その理由は?

 「やれるかい!」というのは、使ったことのない標準語を話すという部分に対して。「できそうな気がする」は、僕も一応、歌を歌っていて、強い声を持っているという自負はあるので、そこを望まれているのであれば、できるかも…と。その二つが自分の中でせめぎ合っていました(笑)。

-アナウンサーを演じる上で、話し方の練習は?

 事前に指導を受けましたが、ものすごく難しかったです。最初は、現代の人が日常会話で使う標準語とも違うので、せりふを話しているような感覚でやればできるかな…と思っていたら、大間違い(笑)。実感放送はエモーショナルにやれたのでよかったのですが、難しかったのは「ラジオをお聞きの皆さん、こんにちは」みたいな、アナウンサー然とした話し方。「こんにちは」のたった一言に、まったくOKが出なくて…。「違います」と延々駄目出しをされ、こんなに難しいのかと驚きました。

-芝居について、監督やアナウンス指導の方に相談は?

 相談はしていません。僕は普段から芝居の仕事をバリバリやっているわけではないので、芝居をする筋力みたいなものがそれほどない。だから、相談すること自体に慣れていないし、アドバイスをもらっても、恐らく僕自身がそれに対応できない。だったらそれよりも、僕が今までミュージシャンとして培ったものを生かして、阿部(サダヲ)くんや(松澤一鶴役の)皆川(猿時)くんのセッションに参加していった方がいいだろうと。そういう心構えで、一生懸命やっているところです。