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【インタビュー】映画『日本の娘』デジタル復元版  森崎ウィン 日本とミャンマーの懸け橋になるべく「僕自身も頑張らなければいけないと使命感に駆られています」

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 日メコン交流10周年および、2020年のミャンマー映画生誕100年を祝し、ユネスコ「世界視聴覚遺産の日」記念特別イベント『日本の娘』のデジタル復元版プレミア上映とトークイベントが、10月26日に国立映画アーカイブ 長瀬記念ホールOZUで開催される。これに先立ち、ミャンマーで生まれ育ち、現在、ミャンマー観光親善大使も務める森崎ウィンに、本作の魅力、そして日本とミャンマーの映画事情についての思いを聞いた。

森崎ウィン

-森崎さんは、ミャンマーご出身だそうですね。

 はい、10歳まで住んでいました。当時のことは、写真のように断片的にしか覚えていないのですが、最近は、ミャンマーで番組を持っているので、収録なども含めて行く機会も多いです。

-それはどういう番組なんですか。

 バラエティー番組です。さまざまなゲストを呼んで、ゲームやトークをする、日本のバラエティー番組に近い内容になっています。ミャンマーでは、まだ日本のバラエティーのような和気あいあいとした姿をお見せする番組というのは少ないので、そういった意味では日本の要素も取り入れた番組になっています。

-日本とミャンマー(当時ビルマ)初の合作映画である『日本の娘』の上映をはじめ、現在、日本とミャンマーの交流事業がさまざまな形で進行しています。それについて、森崎さんとしてはどのような思いがありますか。

 エンターテインメントに出会わせてくれた日本という国と、母国であるミャンマーが、交流事業を行うということが単純にうれしいです。ミャンマーが民主主義に変わり、間口を大きく開いたときに、どこよりも早く日本がやって来てくれ、エンターテインメントだけでなく、ビジネスなど、さまざまな角度から国の底上げに携わってくださったことは、とてもありがたいことだとミャンマー人として感じていますし、今回のような事業が行われるということにも喜びがあります。そして、それに携わらせていただく一員として、僕自身も頑張らなければいけないと、使命感に駆られています。

-日本人にとって、ミャンマー映画はあまりなじみがないと思います。森崎さんにとってはいかがですか。

 ミャンマーにいた子どもの頃は、金曜日になると家族みんなでビデオで映画を見ていましたが、僕もそれほど詳しくはありません(苦笑)。ただ、今年、ミャンマーで行われている「ミャンマーアカデミー賞」に参加させていただく機会がありました。そこでいくつかの予告編などを見させていただいたら、とても絵がきれいで、こんなにもクオリティーの高い作品があるんだというのを感じました。聞いた話では、この1年で映画の製作本数が2倍以上に増えたそうです。今後、日本が携わることで、さらにミャンマーのエンターテインメントが幅広くなっていくのではないかなと期待しています。

-森崎さんは、これまでにも日本とミャンマーの合作映画『My Country My Home』にご出演されていますが、今後もミャンマー映画には出演したいですか。

 もちろんです! 実は、ミャンマーのドラマに出演することも決まっています。『My Country My Home』のときは、プロデューサーの方をはじめ、製作や撮影現場にも日本人のスタッフさんがいらっしゃったのですが、次のドラマは100パーセント、ミャンマー人だけで作る現場になります。初めてのことなので楽しみではありますが、不安と緊張もあります。

-10月26日に上映される『日本の娘』についてもご紹介ください。ご覧になった率直なご感想は?

 突っ込みどころがある映画ではありましたが(笑)…でも、1935年に日本とミャンマーの合作映画が作られていたということにまずは驚きました。この映画が現存するものの中では一番古い作品になりますが、当時から両国の文化を、どちらの国の人が見ても感じられる場面が描かれていることがすごくすてきでした。僕は、両国を行き来して仕事をしているということもあって、「これ、分かる!」というシーンがたくさんありました。

-森崎さんの思う、本作の見どころを教えてください。

 分かりやすく、ストレートに描かれた作品だと思います。古い作品なので、今と同じような映像技術はもちろんありませんが、当時の映像製作の技術の中で、最大限、伝えようとしていることが明確に分かります。それから、両国の文化がしっかりと描かれているので、そういった意味でも面白い作品だと思います。時代とともに変化するところもありますが、根本となるルーツの部分は変わらない。それが描かれているので、現代にも通じる話になっていると思います。