カルチャー

「絶望の中の喜びや希望」を届けたい シベリア抑留者を支えた「出会い」に思いを巡らす企画展

 「シベリア抑留」―。この単語は多くの人に、第二次世界大戦後、日本兵捕虜たちが酷寒の地、貧しい食事、劣悪な生活環境の中での強制労働やソ連兵から受けた非人道的な扱いを即座に想起させるのではないだろうか。それも紛れもない事実でありながら、帰国した抑留者の中には、現地での人や文化との「出会い」を語る人も少なくないという。現地住民に食料を分けてもらったり、生まれて初めて聴くロシア民謡に魅了されたり、楽隊を組んで音楽活動をしたり…。さまざまな出会いを通して、生きる喜びや日本に帰る希望を生み出した抑留者がいた。そんな「絶望の中の喜びや希望」を多くの人に感じてほしいと企画されたのが、平和祈念展示資料館(東京・西新宿)の企画展「シベリアでの出会い 抑留者の心に残った異国の人と文化」。来年1月30日(日)まで開催されている。

 同企画展は、「人との出会い」「文化との出会い」の2つを軸に構成。抑留者が日本に帰国後、当時を振り返って描いた絵、文化活動の中で抑留者が使っていた楽器、抑留者とソ連兵・現地住民の交流を示す品など、約50点が並ぶ。

 「人との出会い」の「人」は、「ソ連兵士」「現地住民」「ドイツから来た抑留者」など。栄養失調と空腹でまともに歩けない体を銃で小突かれながら、雪道を作業所へ向かったり、略奪行為を受けたりと、ソ連兵士による抑留者の扱いはむごかった。その一方で、抑留者の気持ちを理解してくれた兵士たちも存在し、メーデーの休日を抑留者とソ連兵が一緒に楽しむ場面があったり、医療従事者の抑留者への温かい対応や熱心な治療に心を打たれたりした抑留者も少なくないという。現地の住民たちとの交流もまた、抑留者たちの心を支えた。抑留を解かれて帰国した田中武一郎氏は、村の広場の水くみ場で農家の主婦がヨーグルトを分けてくれたり、地域の子どもと話したりした光景などを、水彩画で温かいタッチで描いた。抑留者がソ連兵や現地住民からもらった刻みたばこ、時計、硬貨や、ドイツ兵の抑留者との交流を示す品も展示されている。

 「文化との出会い」の中で見どころとなる展示品は、抑留者で結成された楽劇団「沿海州楽劇団」で使われていたソ連製のギターとトランペット。抑留者の使っていたトランペットが展示されているのは、同資料館と京都・舞鶴引揚記念館の2カ所のみという貴重な展示品となる。終戦翌年、食糧事情等が落ち着いてきて始まった抑留者たちの文化・娯楽活動には、当然、共産主義思想教育を目的としたソ連の介入も行われた。それでも、新聞作成で日本語で表現できることに喜びを感じたり、制限されたテーマ下での音楽、演芸活動なども行われたりしたという。3年間のシベリア抑留生活を送った国民歌謡作曲家、吉田正氏は、歌を作ることで生きる希望をつないでいたと語ったという。日本の家族から送られたクレパスを使い、収容所で絵を描いた抑留者もいた。強制労働の毎日、限られた環境下でも、音楽や娯楽、表現活動の時間を抑留者が持てていたということに、心救われる人もいるのではいだろうか。

 同資料館の常設展は、第二次世界大戦が終わってからも苦しくつらい体験をした「兵士」「戦後強制抑留者」「海外からの引揚者」の三つのテーマから成る。国のために家族を残して戦地に向かって命を懸けて激務に従事し、筆舌に尽くしがたい労苦を体験した「兵士」たち。その中には、軍歴期間が短いために年金や恩給を受給できない恩給欠格者もいるという。そして、戦争が終結したにもかかわらず、シベリアを始めとする旧ソ連やモンゴルの酷寒の地で、乏しい食料と劣悪な生活環境の中で過酷な強制労働に従事させられた「戦後強制抑留者」たち。さらに、敗戦により外地で生活のよりどころを失い、身に危険が迫る過酷な状況の中をくぐり抜けて祖国・日本に戻った「海外からの引揚者」たち。これらについて、実物資料・グラフィック・映像・ジオラマなどを戦争体験のない世代にも分かりやすくコンパクトに展示している。

 57万5千人に上り、そのうち約5万5千人が命を落としたとされるシベリアやモンゴル地域などでの戦後強制抑留。長い人は終戦後10年超も帰国できなかったという。苦しみの中の生きる希望が「出会い」や「交流」であったことは、国籍は違えどやはり同じ人間同士ならではの心の響き合いがあったことの証しだろう。この企画展を立案・企画した同資料館学芸員の川口麻里絵さんは、「労苦の部分に焦点を当てた常設展では、“つらい部分”を十分見ていただくことになります。その困難な状況に置かれた中での出会いや交流というのは、多くの人の心に刺さるテーマだと思います」と話す。

 ソ連もまた、大戦で多くの犠牲者を出した。不足する労働力を補うために利用された抑留者たちの存在は決して忘れられてはならない悲劇だが、やはり風化も進んでいるだろう。川口さんは「企画展に展示されている内容は、学校の教科書では1行ぐらいでしか触れられていないかもしれません。大人の方はもちろん、中学生や高校生たちにもぜひ見にきていただきたいです」と話した。

■企画展「シベリアでの出会い 抑留者の心に残った異国の人と文化」

会場:平和祈念展示資料館(東京都新宿区西新宿2-6-1、新宿住友ビル33階)

入館料:無料

期間:令和3年11月2日(火)~令和4年1月30日(日)

開催時間:午前9時30分~午後5時30分(入館は午後5時まで)

※休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合はその翌日)、12月27日(月)~1月4日(火)