ビジネス

コロナ禍の今こそアートの目を VTS(Visual Thinking Strategy)の勧め

コロナ禍の今こそアートの目を VTS(Visual Thinking Strategy)の勧め 画像1

 コロナ禍で自宅などにこもりがちなあなた、この機会に絵画鑑賞で他者の感性に出会い、アートの目を養ってみませんか。アートの目は論理や理性では解決できない、コロナ後の不透明な将来に新たな道筋を見いだす力になるかもしれない。

 

 皆さんは幼稚園や小学校低学年の時の図画工作の時間を覚えていますか? 自由に絵を描き、楽しい時間でしたね。そう、お絵かきの時間です。それが小学校高学年、中学校、高等学校と進むにつれて、うまく絵が描けず、絵を描くことがきらいになった経験はありませんか? それは、年を経るにしたがって、論理的・理性的であろうとして、自由な発想が妨げられているから。

 

アートの目を養うVTSプログラム

 

 私は理学療法士と作業療法士の養成を目的とした4年制専門学校である東北メディカル学院(青森県三戸郡五戸町)の経営に携わるとともに、一般教養科目としての経済学を教えている。内容は経済学というより、起業に関連した経営、会計など実践的な内容である。

 美意識とビジネスの関係について書かれた「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?」(2017年、光文社)の著者山口周氏は、混迷の時代には理性や論理の世界である「サイエンス」一辺倒の考え方に、感性や直観の世界である「アート」を加え、「サイエンス」と「アート」のバランスをとった考え方の重要性を説いている。(注)

 そこで、私は授業の初日に、世の中を多面的に見る訓練として、アートの目を養うVTS(Visual Thinking Strategy)を取り入れている。このVTSとは、論理や理性で阻害されてきた感性や直観を取り戻すプログラムである。

 授業では、まず対象としての絵画を選択し、その絵画について、以下の質問に従って進めてゆく。なお、絵画の作者名以外の情報は一切与えない。

 この狙いは、先入観のない状態で「見る力」を鍛えるもので、①何をどのように感覚しどのような思考を巡らせているのか?②そして異なる意見がどのような感覚・思考の働かせ方よって生じているのか?―といった自己の知覚の明確化にある。

 

■VTSプログラム

 Q1.この作品を見て心に浮かんできたことを自由に記してください。

 ・どこをみてそう思ったのですか?

 ・グループで浮かんだ内容をシェア(共有)してください

 Q2.この作品を見てQ1で書いたことと違うことがあれば記してください。

 Q3.VTSによる鑑賞体験を振り返って、気づいたこと、疑問に思ったこと、驚いたことなどどのような観点でも良いので記して下さい。

 

 生徒には4~6人のグループに分かれてもらい、まず課題の絵を見て自分の心に浮かんだことであればどんなことでも構わないので自由に発想するように促す。この質問に正解はないことも伝える。私が授業でよく使う題材の絵画は、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ《雲海の上の旅人》と、クロード・モネ《散歩、日傘をさす女性》である。両方とも主人公は「人」ではあるが、その違いは前者には顔の表情がないことから、発想の展開の自由度が増すこと、後者は前者でなれた感覚で今度は顔の表情をとらえ発想するというものである。

 受講生はコロナ禍で入学式も行われず、オンラインでの準備期間を経て、1カ月程度遅れてリアル授業を開始した2020年入学の1年生約60人である。学生たちには医療人の“卵”として、東北3県(青森・岩手・秋田)外への移動の自粛や消毒の徹底など私生活でもコロナ感染を避けるための厳しい自制を強いている。そのような背景でのVTSである。ここでは「雲海の上の旅人」を題材にした学生たちの回答内容の分析を紹介する。

 

決め手はグループ・シェア

 

 このプログラムの決め手は、「グループでのシェア」にある。まずQ1「この作品を見て心に浮かんできたことを自由に記してください」に対する学生たちの回答に使われている言葉を「ポジティブ」と「ネガティブ」、どちらでもないものを「ニュートラル」に分類し(参考①)、さらにグループでのシェア後の見方も同様に分類し、シェア前との変化を分析した。

 その結果を見ると、注目点は、シェア前はネガティブが11人(25・6%)とポジティブ2人(4・7%)を上回っていたものが、シェア後はネガティブが9人(20・9%)に対し、ポジティブが11人(25・6%)まで増加している点だ。(参考②)増加した内訳をみると、ネガティブからポジティブの見方に気づいたものが4人、同様にニュートラルからポジティブに見方を加えたものが5人である。(参考③)

 

■参考① 判定用語一覧

 「ポジティブ」と判定した言葉:挑戦、新たな目標、達成、チャレンジ、強い、神々しい、困難を乗り越える、楽しい予感、改革、始まり、改新

 「ネガティブ」と判定した言葉:無常、自殺、悩み、孤独、絶望、疲労、恐怖、別れ、先が見えない、人生に迷い、寂しい、悲しい

 

■参考② グループ・シェア後の変化

 Q1(グループ・シェア前):ネガティブ11 ポジティブ2 ニュートラル30

 Q2(グループ・シェア後):ネガティブ9 ポジティブ11 ニュートラル23

 (注)受講生61人中、有効回答(全問回答)43人

 

 題材とした絵画の主題が政治的な主張という強い意志を表現しているといわれているが、ネガティブかポジティブかは、見る人の心情によって左右されるといってもいい。ネガティブの見方となった学生が多いのは、おそらくコロナ禍の学生たちの鬱積(うっせき)した心理状態をあらわしているのではないか。しかし、他者の見方に触れることで、ネガティブとニュートラルからそれぞれポジティブ方向(青部分)に見方に気づいたものが9人と、当初ネガティブとニュートラルで回答した約2割がポジティブに見方をシフトしたことになる。

 さらに、この変化をネガティブからポジティブというように2段階の変化を+2ポイント、ネガティブからニュートラルの1段階の変化を+1ポイント、ネガティブ方向を同様にマイナスポイントで集計し、集団としてのグループ・シェアの効果を計測した。その結果、43人の集団で11人分に相当するポジティブ方向への力がはたらいたことになる。(参考③)これは、コロナ禍で孤独になりがちな学生たちに相互交流の場を提供する必要性を示しているともいえよう。

 

多面的思考

 

 VTSを経験した感想がQ3である。この問の回答者全員が、自分とは異なった見方があることに一様に驚き、また、人による見方の違いから学ぶところが多いと回答している。ネガティブに感じていた学生も見方を変えれば、ポジティブな見方もできるようになった。

 今回はコロナ禍が与える学生の心理状況をくしくも表す結果となり、またこもりがちな生活でコミュニケーション不足の実態に警鐘を鳴らすものとなった。しかし、大切なことは、学生たちも気づいたように普段の多面的な思考の欠如である。見方を変えることによって世界は大きく変わり、広がる。

 VTSは、他者の感性や直観に触れることで、今まで見えていなかったものに気づき、物事を多面的にとらえることを可能にする。

 コロナ禍でリアルなコミュニケーションは困難なものの、オンラインを通じてもVTSのプログラムは可能だ。美術鑑賞は他者の感性や直観との出会いであり、あなたの視野を無限に広げてくれる。新年の今こそ、アートの目をVTSで養い、コロナ禍を乗りきってはいかがだろう。

 合計(43人) +11(25・6%)

 

 《雲海の上の旅人》

 カスパー・ダーヴィト・フリードリヒによって制作された作品。

 制作年は1819年で、ハンブルク美術館に所蔵。

 https://www.hamburger-kunsthalle.de/ohrenschau-audio-show-5

 (注)「これまで有効とされてきた論理思考のスキルは問題の発生とその原因を単純化された静的な因果関係のモデルとして抽象化し、その解決方法を考えるというアプローチをとります、しかし問題を構成する因子が増加しかつその関係が動的に複雑に変化するようになると、この問題解決アプローチは機能しません。」(同書p16)

 

【筆者略歴】

植嶋 平治 (うえしま・へいじ)

学校法人臨研学舎東北メディカル学院専務理事、東北医療福祉事業協同組合理事。1976年、大阪市立大商学部卒。青山学院大経済学部非常勤講師