ビジネス

紙一重の「聞く力」

紙一重の「聞く力」 画像1

 ストーカー行為もハラスメント行為も、決して許されるものではない。だが、誤解を恐れずに記すならば、行為者やその状況によっては、“グレーゾーン”がやや大きくなることがある。つまり、同じ行為でも、あるいは同じ言葉でも、すぐにレッドカードを突きつけられる者もいれば、大目に見てもらえる者もいるし、タイミングやそのときの受け手の心理によって、イエローカードさえ出されないこともある。そのくらい、紙一重の要素がある。

 その真偽は定かではないが、河野太郎前ワクチン担当相はかつて香夫人に一目ぼれし、同じ電車に乗ったり、駅で待ち伏せしたりしたと伝えられている。もしも本当であるならば、猛アタックが実ったから美しい恋の成就話になっているが、まかり間違っていれば、何らかの法律に引っかかり、別の道を歩むことになったかもしれない。

 岸田文雄政権は今日、発足からちょうど100日目を迎えた。昨年10月4日に船出してから支持率は60%前後を維持しており、まずまず順調に見える。もっとも、「蜜月100日」といわれるように、これまでマスコミによる厳しい政権批判が比較的抑えられてきたことや、国会で本格論戦が繰り広げられなかったことが大きい。

 だが、昨年の自民党総裁選以降、岸田首相が政策を引っ込めたり、方針転換したりしたことは、一度や二度ではない。金融所得課税にしても森友問題の再調査にしても、いったんは積極姿勢を見せながら、いつの間にか引っ込めてしまった。首相をかばう者からは「あれはあくまでも総理になる前の話」(自民若手議員)といった弁明が聞かれる。

 一方、例の「10万円給付」を巡るすったもんだは、まさに岸田政権になってからのことである。クーポン給付の方針が、あれよあれよという間に現金一括給付に変わっていった光景は「まさに迷走そのもの」(野党国対関係者)であった。政府に対して声を大にして文句を言った首長もいたが、多くの自治体は単に政権の右往左往に振り回された。

 国土交通省がオミクロン株の水際対策として、邦人を含む日本到着便の新規予約を停止するよう航空各社に要請しながら、その舌の根も乾かぬうちに撤回したのは、昨年12月2日のことである。年末には、文部科学省がオミクロン株感染者の濃厚接触者の大学受験を認めないことを通知しながら、これもわずか3日で撤回された。

 いずれにも共通するのは、いったんは政府内で方針が決定されながら、岸田首相の「鶴の一声」で軌道修正されたことである。だが、「方針を打ち出しながら、世論の批判を浴びるとすぐに撤回したり、変更したりする“ブレ”は統治能力がない証左。首相の『聞く力』を過大評価するのは大間違い」(野党閣僚経験者)との指摘には一理ある。

 確かに岸田首相は、「一度決まった方針でも、国民のためになると思えばちゅうちょせず、柔軟に対応する」とし、政策変更が自身の「聞く力」のたまものであるかのように豪語している。支持率が一定の高水準を維持していることに鑑みれば、これまでのところ、国民の多くも岸田政権の軌道修正や方針転換にまだそれほどのアレルギーを感じていない。

 しかし、蜜月の100日間は終わり、これまでは大目に見られたことでも、これからは許されなくなる可能性が高い。“グレーゾーン”がいっきに狭まることも十分考えられる。たとえ「聞く力」によって政策を“正常化”したと胸を張って見せても、そもそも中途半端な方針を打ち出した責任が厳しく追及されることになる。

 さらに、来週からは長丁場の通常国会が始まる。7月に参院選を控えているため、野党各党は真剣勝負で挑んでくる。真に「国民の声に応えての柔軟な対応」なのか、それとも単なる「政策のブレ」なのかが国会論戦を通じて明らかになる。「聞く力」も、まさに紙一重かもしれない。

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。