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オリンピック開催都市でデーラン 長野市民に誇りと喜び

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オリンピック出場選手と一般参加者が、一緒にウォーキングやジョギングを楽しむオリンピックデーランの、2018年5回目の開催となる長野大会が11月3日、長野市南長野運動公園の長野オリンピックスタジアムで開かれた。同スタジアムは20年前の1998年2月、長野冬季オリンピック開閉会式の会場となった思い出の場所。今は収容人員約3万人の、プロ野球のオールスターゲームも開催された地域最大の野球場だ。

JR長野駅に展示されている長野五輪のマーク

日本でオリンピックが開催されたのは東京、札幌、長野の3都市で、1964年東京大会は半世紀以上前、72年札幌冬季大会も44年前の開催だ。記憶にとどめている人はある年代以上に限られるが、長野大会はまだ多くの人が覚えている。地元長野市の北野建設に所属し、長野オリンピック開会式で選手宣誓をした当時のスター選手、ノルディックスキー複合の荻原健司さんはオリンピックデーラン開会式で「ここで選手宣誓をしました。思い出の地でデーランを開催でき幸せです」と挨拶した。加藤久雄・長野市長も「ここ長野市でオリンピックが開かれたことを思い出し走りましょう」と呼び掛けた。

JXTGエネルギーの展示ブースでエネゴリくんと写真に収まる荻原健司さん
(左から2人目)

今回、参加したオリンピアンは、荻原健司さんのほかに体操の田中3兄弟で有名な長兄の田中和仁さん、バレーボールとビーチバレーでオリンピック3大会に出場した佐伯美香さんら8人。ウォーキング(3キロ)ジョギング(3キロと5キロ)の後には、参加者と50メートルの徒競走に臨んだ。ここで参加者を驚かせたのが2012年ロンドン、16年リオデジャネイロの両大会で競歩代表だった藤澤勇さん。華麗なフォームで歩行とは思えぬスピードを見せつけ、全力疾走の参加者を競歩で負かした。見ていた人から歓声が沸き、拍手が送られた。オリンピアンの卓越した技術を目の当たりにした瞬間だった。

競歩で徒競走にかった藤澤勇さん

トークショーなどで、オリンピアンはとっておきのエピソードも披露。今年2月の平昌冬季オリンピックにカーリングで出場した両角公佑選手は「長野五輪で初めてカーリングを見て、僕も始めようと思った」のがきっかけだったと明かした。オリンピックが少年の心に火を付けた。佐伯美香さんは、ビーチバレーに転向した当初はユニホームの水着(ビキニ型)が小さくて恥ずかしかったそうだが「実力が付くにつれ、動きやすいように水着が小さくなった」。強くなればなるほど小さな水着になったという。これには子どもたちだけでなく、大人もなるほどと〝納得〟の表情を浮かべていた。

 

自分の住む町がオリンピック開催都市という幸せな人たちは、全国でも数少ない。親子で参加した長野市の花岡一茂さん(42歳)は「始めてデーランに参加したが、規模も大きく楽しかった。こういうイベントがあると長野でオリンピックが開かれたんだと思い出す。住んでいる町でオリンピックが開催されたのは誇りです」と話してくれたが、小学校4年、10歳の奏志君は「長野がオリンピック開催都市と知ってはいるけど、ぴんとこない。荻原健司さんも知らない」と正直だ。

南長野運動公園内に展示されている長野五輪で使用された聖火台

長野市スポーツ推進委員協議会の宮澤俊弘会長は「オリンピック開催は長野市民の誇り」と話した上で、競技会場が長野市、白馬村、山ノ内町、野沢温泉村、軽井沢町と県内各地に広がっていたことで、長野県民の多くが同じような気持ちでいるのではという。さらに「パラリンピックにもボランティアが多く集まり大会を支えてくれた」そうで、スポーツボランティアという概念が本格的に入ってきたのは長野が先駆けだったとの見方も示した。宮澤さんはこうしたレガシー(遺産)を子どもたちに伝えていくことが大事だという。オリンピックデーランの開催意義もそこにある。