カルチャー

フランスの「足るを知る」マダム 乗っているのは”65年モノ”のプジョー203

Landscape of Beaumont en Auge in Normandy, France

 「こんなの見たことあるか?」。検問で車を止めたフランスの国家憲兵隊員が、別の憲兵隊員をわざわざ呼んで尋ねた。「いや、生まれて初めて見たよ」と同僚。車を運転していたのは、フランス・ノルマンディーのノロルという人口300人弱の小さな町に住むイヴォンヌさん(94)。免許証も車の登録証も完壁。“高齢者運転”だったから驚いたわけでもない。憲兵隊員の目にとまったのは車の方だ。イヴォンヌさんが運転していたのは、プジョー203。フランス・プジョー社が1948~60年まで生産していた小型乗用車だ。

 パリジャン紙によると、イヴォンヌさんがこの車を買ったのは1954年。免許を取って2年目だったそうだ。それから65年間、毎日買い物に行く時などに使っているが、「買い替える必要なんかないわ。完壁な走りだもの」とイヴォンヌさん。フランスの免許証は最近まで、取得すれば更新なしで乗り続けることができたから、貼ってある写真はイヴォンヌさんがまだ20代の頃のもの。車はほぼクラシックカーの領域だが、イヴォンヌさんにとっては単なる日常の移動、周囲の注目などどこ吹く風だ。

 手作りバターで生計を立ててきた彼女がこの車を買った当時は、もちろんまだ通貨統合前。通貨が「ユーロ」ではなく「フラン」だった頃だ。「両親と兄と4人暮らしで、たいしてお金はなかった。12頭の乳牛を飼ってバターを作っていたの」。両親が亡くなった後も、イヴォンヌさんは自分が生まれた農場にそのままずっと暮らし、そのままずっと同じ車に乗っている。

 「どうしてイヴォンヌが有名人なのか分かるから、彼女がプジョー203で町中に乗り付けるところを見るべきだ」というのは町長のピエールさん。「彼女はいつだって上機嫌で親切なんだ」「人生のお手本だ。どうしたらあんな風に生きられるのか、秘密を教えてほしい」と町の人々も言う。

 「秘密なんてないのよ」とイヴォンヌさん。「ただ前に進むだけ。不幸なことなんて考えないの。年金はもらっているし、テレビをつける電気代があって暮らしていくには十分よ」と。

 「足るを知る者は富む」(老子)を地でいくマダム。でも、いたずらっぽい笑顔は少女のようだ、とパリジャン紙。94歳で67年の運転歴。「この前検問した憲兵隊に、免許証を見せながら言ったの。よく見てね、その中にあなたの人生が全部入ってるわよ、って」

Text by coco.g