カルチャー

【BOOK REVIEW】「ガンダム」の立役者にして稀代のクリエイター その生き様に迫った人間ドキュメント『安彦良和 マイ・バック・ページズ』

安彦良和 マイ・バック・ページズ
安彦良和 マイ・バック・ページズ

 『機動戦士ガンダム』(79~80)のキャラクターデザイン、アニメーションディレクターを務め、ブームの立役者となった安彦良和。『クラッシャージョウ』(83)で監督デビューするなど、1970~80年代のアニメブームに活躍した後、漫画家として『ナムジ 大國主 古事記 巻之一』(第19回日本漫画家協会賞優秀賞受賞)、『虹色のトロツキー』、『王道の狗』(第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞)など数々の作品を発表。公開中の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の総監督、庵野秀明は、自ら責任編集を務めた『安彦良和アニメーション原画集「機動戦士ガンダム」』(角川書店 2013年刊)で安彦と対談、「僕の中では『ガンダムの原画』はアニメーターを志した大事な原点」とリスペクトを表明している。

 そんな安彦のデビューから現在まで、クリエイターとしての半世紀に及ぶ歩みを、30時間以上に及ぶ本人へのインタビューで振り返ったのが、『安彦良和 マイ・バック・ページズ』だ。本書が創作秘話満載の一冊であることは言うまでもない。だがそれだけでなく、500ページに及ぶ言葉の間からは、挑戦と挫折を繰り返してきたその生き様が浮かび上がり、単なるメイキング本とは違った読み応えがある。

 例えば、安彦が原作・監督・キャラクターデザイン・作画監督などを兼任したテレビアニメ『巨神ゴーグ』を振り返ったくだり。作画のクオリティが毎回大きく変わることが普通だった当時、安彦はこの作品に「テレビシリーズで、毎回『画』が違わないという作品を作るのも夢だった」という意気込みを持って臨んだ。その結果、全26話の全カットに自ら関わることで、質の高い作画を実現。

 だが、放送後の手応えは、その意気込みを裏切った。83年10月放送開始の予定が、諸事情で半年後の84年4月にずれ込んだ影響で「潮目がガラっと変わってしまった」のだ。

 「何があったのかというと、美樹本晴彦たちの『超時空要塞マクロス』の映画(引用者注:『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』84年7月公開)によるブームと『風の谷のナウシカ』の公開(引用者注:84年3月)。このふたつの挟み撃ちがあって、(中略)完全に置いてけぼりをくってしまった。昨日までこっちにいたファンが目に見えていなくなるという、まさに象徴的なことが起こったんだよね」

 自ら「ゴーグショック」と呼ぶこの出来事は、安彦にとって大きな挫折となり、アニメ業界を去ることを考え始める。そして80年代末以降は、漫画家として新たな挑戦を続けていく。

 人気クリエイターを気取ることなく、時に読んでいるこちらが「ここまで言って大丈夫?」と心配になるほど率直に、いいことも悪いことも包み隠さずに語る。実直な人柄と豊かな人間性が滲むその言葉が伝えるのは、圧倒的な才能を持つ安彦も、我々と同じように日々悩み、葛藤する一人の人間であるという事実だ。そんな安彦の仕事に対する基本スタンスを、本書では「謙虚さ」と結論づける。これについて本人は、『巨神ゴーグ』での挫折を引き合いに、こう語る。

 「その時に『ああそうだ、俺、ちょっといい気になっていたな』ってあっさり思える。そこで『なにクソ』とか頑張ろうとは思わない。落ち込みはするけど、『俺はせいぜいその程度だよ』となって。(中略)まあ、多少グチは言うけど。人並みに(笑)」

 挑戦と挫折を繰り返しながら、謙虚さを忘れず、半世紀を歩んできた稀代のクリエイター、安彦良和。アニメ復帰作『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(14~19)を終えた現在は、『乾と巽―ザバイカル戦記―』を月刊漫画誌『アフタヌーン』に連載中。3月19日に授賞式が行われる第44回日本アカデミー賞では、協会特別賞の受賞が決定した。その粘り強い生き様に迫った本書は、ファンのみならず、幅広く読まれるべき渾身の人間ドキュメントだ。

文・井上健一
 

『安彦良和 マイ・バック・ページズ』

著者:安彦良和 石井誠
出版社:株式会社太田出版
価格:2200円(税別)