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【BOOK REVIEW】本人へのインタビューを元に解き明かす 『ノーラン・ヴァリエーションズ クリストファー・ノーランの映画術』

『ノーラン・ヴァリエーションズ クリストファー・ノーランの映画術 』
『ノーラン・ヴァリエーションズ クリストファー・ノーランの映画術 』

 「僕らは日々、『エルサレム』を歌って過ごしたわけさ。『炎のランナー』の最後に歌っていた聖歌をね。あの映画を12歳の時に観て、僕はヘイリーベリーに行こうと思ったんだ。(中略)『炎のランナー』はとてつもなく反体制的な映画なんだ。(中略)とても反体制的で、過激な作品さ。『ダークナイト』も同じだ。僕の育った環境や学校、特に昔ながらの教育は、僕がハリウッドを生き抜くうえでの駆け引きや身の処し方に大きく関係していると思う」

 本書に収められたクリストファー・ノーランの言葉だ。昨年、コロナ禍中の公開にも関わらず、日本国内で大ヒットを飛ばした『TENET テネット』(20)を始め、『インターステラー』(14)、『ダークナイト』(08)など、話題作を次々と送り出し、世界で今、最も注目を集める映画監督である。莫大な予算を投じるハリウッドで映画制作を続けながら、極めて独創的な作品を送り出し、なおかつ大ヒットを連発する類まれな映画作家でもある。

 そんなノーランの生い立ちから最新作『TENET テネット』に至るまで、映画制作の裏に込められた思いを、本人へのロングインタビューを元に解き明かしたのが本書だ。400ページに及ぶ大著の序盤では、彼が少年時代、英国にある厳格な全寮制の寄宿学校ヘイリーベリーに通っていたことが語られる。冒頭に引用したのは、そのほんの一部だ。

 著者のトム・ショーンは、ノーランの出世作『メメント』が公開された2000年から長年、インタビューを続けてきた映画評論家。それゆえ、信頼関係も築き上げられており、世界の映画史を踏まえ、デビュー作『フォロウイング』(98)から順を追って監督作を縦横無尽に掘り下げていく。その話題は影響を与えた文学や絵画、音楽にまで幅広く及び、それぞれの作品が隅々まで考えて作られていることがよく分かる。中でも特に印象的なのが、自身の経験や家族との関係が随所に投影されていることだ。

 例えば、滅亡の危機に瀕した人類の新天地を探すため、幼い娘と別れ、宇宙に旅立った父親の壮大な旅を描いた『インターステラー』。その制作時の仮タイトル「フローラの手紙」は、ノーランの娘フローラの名前から付けられた。この点に関してノーランは、「自分がやるべきことのために、本当はずっと一緒にいたいと思いながら子どもを置いていく父親の気持ちには、かなり共感する部分があった」と打ち明け、「『インターステラー』はとても個人的な経験から生まれたといえるね」と語っている。

 他にも、『ダークナイト』の悪役ジョーカーのメイクが、16歳で出会ったフランシス・ベーコンの絵画の影響を受けていることや、『インセプション』(10)で子どもたちが海岸で砂の城を作るシーンに、ノーランの子どもたちの姿が反映されていることなど、興味深い逸話が次々と明かされる。また、『ダークナイト』などで脚本を担当した弟ジョナサンや、多くの作品でプロデューサーを務める妻エマ・トーマスが、彼の映画制作においていかに重要な存在であるかも語られている。

 大型のスクリーンに相応しい迫力の映像で観客の度肝を抜く一方、その斬新さから解釈を巡る議論も尽きないノーラン作品。「時間」という一貫したモチーフや、CGなどのVFXを多用せず、現物を使ったフィルム撮影に拘(こだわ)るアナログ志向など、独特の作風でも知られる。我々は、しばしばそういったストーリーや映像の奇抜なギミックに目を奪われがちだが、こういった個人的な思いが込められていることを知ると、また新たな視点で作品を捉えることができるはずだ。もちろん、これをメイキング本的に楽しむことも十分可能であり、秘話満載の本書は、クリストファー・ノーランを語る上で不可欠な一冊と言えるだろう。

文・井上健一

『ノーラン・ヴァリエーションズ クリストファー・ノーランの映画術』

著者:トム・ショーン

監修:山崎詩郎、神武団四郎

翻訳:富原まさ江

出版社:玄光社

価格:本体4,000円+税