社会

野球場サイズ〝顕微鏡〟のセミナー開催 仙台に2024年度「次世代放射光施設」

仙台市街地を望む東北大青葉山新キャンパス。次世代放射光施設などはCG。(東北大提供)
仙台市街地を望む東北大青葉山新キャンパス。次世代放射光施設などはCG。(東北大提供)

 太陽光の10億倍の明るさである「放射光」を使い、1メートルの10億分の1という物質の超微細な構造や働きを解析する〝顕微鏡〟が2024年度、仙台市の東北大青葉山新キャンパスに完成する。顕微鏡と言っても、机には乗らず、研究室に収まる規模でもない。東西約320メートル、南北約210メートルの敷地に、放射光を発生させる装置や観測機器を備える延べ床面積2万5千平方メートルの建屋と、野球場が入ってしまうほどの大きさだ。正式には「次世代放射光施設」といい、完成すれば材料の微細な構造やタンパク質の働きなどの分析に威力を発揮し、さまざまな産業分野で新素材や新製品の開発に役立つと期待される。

ナノの世界を可視化

 放射光は、光速近くまで加速した電子の進路を曲げたときに出る強力な光。電子銃で打ち出した電子を長さ110メートルの線形加速器で加速した後、周長349メートルのリング型加速器(蓄積リング)で周回させる。直進しようとする電子を電磁石で円軌道に曲げるときに放射光が発生、それを最大で28本設置されるビームライン(実験室)に導き、見たい試料に照射する。

光速近い速さの電子を曲げるときに発生する放射光をビームラインに導く。(東北大提供)
光速近い速さの電子を曲げるときに発生する放射光をビームラインに導く。(東北大提供)

 「放射光が試料の表面で反射・散乱、あるいは透過する様子を観察することで、微量の元素を非破壊で解析したり、物質の内部の電子構造を調べられたりする。ナノメートル(100万分の1ミリ)の世界を見るツールです」と、光科学イノベーションセンターの高田昌樹理事長は説明する。

 電子顕微鏡に似ているが、放射光は物質の構造だけでなく、機能に影響する電子の状態を可視化できるのが特長で「例えば、ある物質が電気を通すかどうか、電子顕微鏡では分からないが、放射光では分かる」のだという。

 建設費は380億円で、国、施設運営に当たる光科学イノベーションセンター、宮城県、仙台市、東北大、東北経済連合会が出資。年内にも加速器の部品の搬入が始まり、2023年度には放射光を実際に作り出す「ファーストビーム」、そして24年度の運用開始を目指す。

100倍差を逆転へ

 放射光施設は米国、欧州、中国など世界各地で稼働しており、国内では茨城、愛知、滋賀、兵庫、広島、佐賀の6県に計9カ所ある。代表的なものが、周長1436メートルで1997年に運用を開始した理化学研究所の「SPring-8(スプリングエイト、兵庫県佐用町)」。放射光の中でも波長が短く金属材料を見るのに適している「硬X線」を主に使い、和歌山県・毒物カレー事件のヒ素や、小惑星探査機「はやぶさ」が持ち帰った微粒子の分析など、数々の成果を挙げてきた。

 ところが21世紀に入り、世界の趨勢(すうせい)は、波長が比較的長く炭素や酸素といった軽元素やタンパク質の分析を得意とする「軟X線」に移り、2010年以降、日本は100倍の性能の差をつけられているという。そこで加速器の性能を向上させ、放射光の輝度(明るさ)が太陽の10億倍、SPring-8と比べても100倍以上となる次世代放射光施設で「性能差を一気に逆転」(高田さん)しようという狙いだ。

蓄積リングが設置される建屋で説明する高田昌樹理事長。
蓄積リングが設置される建屋で説明する高田昌樹理事長。

毛髪の老化を解明

 放射光の応用分野は、触媒・電池、情報通信、エンジニアリング、自動車・輸送用機器、鉄鋼・金属・鉱業、健康・医療、食品・農林水産、 エネルギー・環境、医薬・バイオテクノロジー、 ナノテクノロジー、情報科学など幅広い。既に多くの企業や大学で、新素材、新製品の研究開発に活用している。

放射光活用が期待される分野。(仙台市提供)
放射光活用が期待される分野。(仙台市提供)

 美容室向けヘア化粧品メーカー、ミルボン(東京都中央区)は、SPring-8による解析で、毛髪の老化が成分の約85%を占めるタンパク質が流出し、内部に空洞ができていく現象であることを突き止めた。「試料を真空中に置かなければならない電子顕微鏡では、水分が飛んで実際の姿が分からない。放射光だからこそ見えた」と、研究開発部基礎研究グループの伊藤廉・統括マネージャー。

 さらに、ヘアケアに不向きと考えられていた成分に、空洞を埋め髪の密度を高くする効果があることも放射光で確認した。成果は国際学会でも注目され、この成分を使って2014年に発売したシャンプー、トリートメントは、予想の2倍を超す売り上げとなったという。

Spring-8の放射光で撮影した20代(左)と50代の毛髪の3D画像。空洞化した部分が黄色く見える。(ミルボン提供)
SPring-8の放射光で撮影した20代(左)と50代の毛髪の3D画像。空洞化した部分が黄色く見える。(ミルボン提供)

3要素そろった高性能タイヤ

 住友ゴム(神戸市)は高性能な低燃費タイヤの開発にSPring-8を活用した。元技監の中瀬古広三郎シニアアドバイザーによると、タイヤに求められるのは①路面をしっかりとらえるグリップ②環境保護にかかわる低燃費③省資源の面から欠かせない耐摩耗-の3性能。だが、グリップを上げると燃費は悪くなる、と相反する関係にあり、性能を両立させるゴムを目指して、放射光を使い内部構造をナノレベルで連続的かつ鮮明に分析した。

 その結果、ゴム内部に生じ各性能に影響する発熱や応力は、強度を増すため加えてあるシリカ(ケイ素)や、ゴムの分子を結びつける硫黄などのナノ粒子の状態と関係していることが判明。「放射光解析とスーパーコンピューターを使ったシミュレーションにより、新素材の分子設計が効率的にできるようになった」(中瀬古さん)ことで、低燃費でグリップ性を維持しつつ耐摩耗性能は2倍という、画期的なタイヤの実用化に成功した。

グリップ、低燃費、耐摩耗を向上させた高性能タイヤと中瀬古広三郎さん=住友ゴム本社。
グリップ、低燃費、耐摩耗を向上させた高性能タイヤと中瀬古広三郎さん=住友ゴム本社。

「しなやかでタフ」実現

 283日間にわたってSPring-8で放射光を駆使し「薄くても破れない、硬くてももろくない」ポリマー(高分子)を開発したのは、東京大の伊藤耕三教授だ。プラスチック製品のようなポリマーは、破壊や分解のメカニズムが分かっておらず、耐久性、強靱(きょうじん)性を向上させる上でのネックになっていた。

 そこで伊藤さんは、SPring-8で試料が変形したり壊れたりする瞬間を観察、破壊のメカニズムを明らかにした。さらに、企業と共同でタイヤ、車体など五つの材料で「しなやかなタフポリマー」を実現し、コンセプトカー「ItoP(アイトップ)」に仕上げた。伊藤さんは中瀬古さん同様、「放射光での解析とスパコンによるシミュレーションが決定的役割を果たした」と強調する。

しなやかなタフポリマーを活用した「ItoP」。(伊藤耕三東京大教授提供)
しなやかなタフポリマーを活用した「ItoP」。(伊藤耕三東京大教授提供)

企業と研究者が一対一で

 ただ、放射光は先端技術だけに「データは得られても解釈が難しい」(伊藤廉さん)、「習得には何年もかかる」(中瀬古さん)という難点があった。十分活用するには専門知識を持つ協力者が欠かせないが、企業側からは、誰に頼めばいいか分からない、部外者に頼むと企業秘密が漏れるのではないか、という心配も当然出て来て、ハードルはますます高く見えてくる。

 このため次世代放射光施設は、中小企業でも参加しやすくなる産学連携の枠組みを導入した。企業は一口5千万円で、10年間にわたって年間200時間の利用権を持つ「コアリション」(有志連合)メンバーとして参画し、大学の研究者と一対一の連合を組む。企業は情報漏えいのリスクなく支援を受けられ、研究者は自らの研究範囲を広げられる、双方にメリットがある制度だ。コアリションメンバーは企業のほか大学、研究所も含め100を超える機関を予定しているという。

大学、行政が手厚い支援

 地元の支援態勢も手厚い。東北大は青葉山新キャンパスを産学官が結集する「サイエンスパーク」とする計画で、学術面の協力をリードする「国際放射光イノベーション・スマート研究センター」(SRIS)を新設した。

 仙台市は、成果の事業化や人材育成を一体的に展開する「リサーチコンプレックス」の形成を目指し、企業立地促進助成制度の拡充や、中小企業を対象にした既存放射光施設のトライアルユース事業など、支援策を打ち出している。11月18日には、次世代放射光施設の概要や利用方法を説明する企業向けの無料オンラインセミナー「放射光で広がる未来のモノづくり」を開催(詳細は、矢野経済研究所HP)、周知を図る。

 利便性もアピールポイントになっている。既存の放射光施設はいずれも関東以西にあり、次世代放射光施設は東北、北海道では初となる。立地する東北大青葉山新キャンパスは、仙台城跡西側の高台に位置し、仙台駅から地下鉄で9分。「世界一、市街地に近い放射光施設」(高田さん)で、新幹線や航空機を使えば首都圏、関西圏から2時間程度で来られるのも、魅力になりそうだ。

ノウハウを「見える化」

 問題は知名度の低さだ。放射光施設やSPring-8の名前を聞いたことがあっても、「加速器」つながりで、陽子や電子を正面衝突させる衝突実験装置や、がんの重粒子治療装置と勘違いしている人がいる。特に、宇宙の始まりであるビッグバンの直後の状態を再現し、未知の素粒子や宇宙誕生の謎を探ろうという大型衝突実験装置「国際リニアコライダー(ILC)」は、岩手県と宮城県にまたがる北上山地が候補地として挙がっているため、混同されがちだ。

 また、「放射」光という名称が放射性物質を連想させるのか、原発のように核燃料を蓄えて利用するとの誤解も耳にする。高田さんは「装置の電源を切ったら放射光は発生せず、放射性物質のように放射線を出し続けることもない」と安全性を説明。強力な放射光を発生させる蓄積リングは、厚さ1メートルのコンクリート壁で遮断され、厳重に管理されることになる。

 放射光施設を理解している企業、研究機関でも「すごい研究やトップサイエンスをしないといけないと思っている」と、住友ゴム研究開発本部分析センターの岸本浩通センター長は言う。「放射光施設は物質の相互作用や化学変化、構造変化を調べ、ノウハウを『見える化』したり(文章や数式、図表で説明できる)『形式知』に変えたりする有力なツール。調べたいというモチベーションがあれば使いこなせる」と、まずは試してみることを勧めている。

次世代放射光施設の完成予想図(上)と工事経過(下左から2020年9月29日、21年3月27日、同5月28日。光科学イノベーションセンター提供)。
次世代放射光施設の完成予想図(上)と工事経過(下左から2020年9月29日、21年3月27日、同5月28日。光科学イノベーションセンター提供)。