カルチャー

【凛九 伝統工芸を継ぐ女性たち】その八《伊勢一刀彫》太田結衣さん 心が“ほっこり”するような一刀彫を

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 その地域の文化や歴史を反映する「伝統工芸品」。東海地方で伝統工芸を受け継ぐ9人の女性職人グループ「凛九」を紹介する連載の第八弾。今回は、「伊勢一刀彫」という木彫りの職人、太田結衣さん。宮大工が神宮造営の余技として、端材を用いた縁起物などを彫ったことが始まりだといわれている伊勢一刀彫。若い感性でその可能性を広げたいと試行錯誤をしている太田さんに、伝統工芸との出会いや、母・女性ならではの視点などについて話を伺った。

伊勢一刀彫=えと守ではない!?

 美術大学の彫刻科を卒業した太田さん。卒業後は、地元で木に関係する仕事をしたいと考えていた。ただ、幼いころから祖父の影響でえと守が身近であった太田さんも、どういう職人がえと守を作っているのかは知らず、伊勢一刀彫という伝統工芸も聞いたことがなかった。インターネットで「神宮・えと守・職人」といったキーワードで検索しても、該当する情報は出てこなかった。現在も、伊勢一刀彫職人は全国各地のえと守を数多く彫っている。しかし、えと守は伊勢一刀彫の商品としてではなく、神社のお守りという形で世の中に出ている。一般の人が伊勢一刀彫という工芸名にふれる機会は多くない。

 「卒業後すぐに弟子入りすることはできなかった(が)、たまたま大学の大先輩が師匠の岸川(行輝)さんを知っていて、紹介してもらった」のが伊勢一刀彫と師匠との出会いにつながった。もっとも、多くの伝統工芸と同様、「すぐには伊勢一刀彫で食べていける訳ではない」ため、別の仕事をしながら修行に励んだという。

素朴さが特徴の伊勢一刀彫。
素朴さが特徴の伊勢一刀彫。

一刀両断で大胆な造形美

――伊勢一刀彫の魅力はどのようなところでしょうか?

太田 一刀両断で大胆。そして荒削りな造形が特徴です。伊勢一刀彫は素朴なところも良さとされているため、木の香りを楽しむお客様もいらっしゃいます。木目の良さを出しながら潔くスパッと切る。彫る技術がないとかっこいい面が仕上がらない、日本人らしい精神、和の心が彫り方にも表される工芸です。形もシンプルなので簡単そうに見えますが、少ない手数でそのものらしさを表現するところが難しいところでもあり、見どころです。

技が問われるシンプルさ。
技が問われるシンプルさ。

――同じ伊勢一刀彫でも、作り手によって印象は大きく異なります。太田さんはどのようなことを大事にされていますか?

太田 屋号「一刀彫 結」のコンセプトは、“そこにあるだけでほっこりできるような一刀彫を”です。日常の中で自然と笑みが出るような、豊かさをもらえるような一刀彫を作っていきたいと思っていて、何か暮らしの提案になるような一刀彫になればとデザインも心掛けています。(作品の)顔の向きは上向き。ふと見たときに自然と目が合いほっこりできるようなデザインにしているものが多いです。

以前は工房内で息子さんを見ながら作業をしていた。
以前は工房内で息子さんを見ながら作業をしていた。

――今年娘さんをご出産され、2歳の息子さんとともに2人の子育ても忙しいと思います。どのように仕事と両立されていますか?

太田 理想としては3歳までは自分でみたいというのはありましたが、仕事に集中するために気持ちを鬼にして0歳からプロ(保育士)に預けています。あとは家族の協力がなくては両立できていません。昨日もたまたま納期が迫っていて夜中に仕事を。そういう時は主人にお迎えからご飯の時間までワンオペでしてもらい、お風呂と寝かしつけを二人で協力してこなした後に、また仕事に戻ります。私の場合、実家も近く、休日に仕事しないと間に合わない時は母や祖母にも息子たちと遊んでもらったりして助けてもらっています。

――職人ならではのご苦労はありますか?

太田 私の場合は、自宅にも作業部屋を設けているので、帰ってきたら家の時間という割り切りができないところがあります。夜にお客様とやり取りをすることもありますし、働く時間を自分自身で決めないとずっと仕事をしていられる状態に。さらに子育てということで、子どもに合わせて動くことが増えるので、自分との気持ちの葛藤、仕事との切り替えが難しい時はあります。「今これをがんばりたい、でも風邪ひいちゃった……」みたいなことも。臨機応変に心が常にゆったりしていないと、ストレスが出ちゃうなーと思うことがあります。

――お気に入りのストレス解消法、リラックス方法はありますか?

太田 2歳の息子と会話したり、兄妹の雰囲気を見たり、子どもと遊ぶのが癒やしの時間になっています。

子どもが触っても大丈夫なようにデザインを工夫している。
子どもが触っても大丈夫なようにデザインを工夫している。

――育児をしているからこそ、作品に生かせているものもあるのではないでしょうか。

太田 子どもが生まれる前からも、子どもやペットが危なくないように、「尖った尻尾はやめよう……」くらいは考えていました。しかし子どもが生まれて、実際に彫ったものを子どもが触ったり、なめたりするのを見て、「ここの角取った方がいいな」といった新しい発見がありました。作りながら子どもに持ってもらうこともあります。

木くずを活用したアロマ作り

――伊勢一刀彫の新しい使い方としてアロマを試作されていると聞きました。

太田 年内にアロマを試作して、うまくいけば来年に製品化できればと思っています。(伊勢一刀彫の製作過程で出る)木っ端(木くず)は、使えそうだと思ったら取っておいて、小さなだるまとかを作ります。ただ、どうしても節や割れがあったり、薄すぎたりすると捨てるしかなかったんですが、お客様がいい匂いですねと言ってくれることが多く、私自身アロマが好きだということもあって、ゴミになるならそこからアロマを抽出できたらいいなと思っていました。伊勢一刀彫のアロマディッシュとともに、SDGsの関係から伊勢一刀彫を知ってもらうきっかけにもなるかもしれません。

彫る姿勢が決まるまで2,3年

――体力・体格面で、女性だから工夫が必要な彫り方などはあるのでしょうか。

太田 それぞれの職人さんによって、椅子・作業台の高さとかは変わります。私も自分に合った作業台を自分で作り彫っています。彫り方は、右利きなので左手で木を持って彫ります。彫る時に、師匠たちは力があるのと技術と慣れで、左手だけで当て木、机の木のところにぐっとあてて彫るんですけど、私は左手だけでは手が飛んでいってしまうことが多いです。そうすると、手を切ってしまうことも。あとは握力の問題で、私は女性の中でも手が小さめなので、大きな木になってくると手に力が入りません。それを補うために、左足の膝を少し立たせて、膝で腕や手を固定しつつ、当て木ではなく当て布に木を当てて彫っています。師匠と違い当て布にしているのは、膝で抑えていても握る力が足りないと突き彫りができないからです。

「使える一刀彫」シリーズのおもちゃ。
「使える一刀彫」シリーズのおもちゃ。

――現在の彫り方・姿勢を確立するまではどのくらい時間がかかったのでしょうか。

太田 作業台の高さは何回か変わりました。1年くらいやって、やっぱり違うな、地べたがいいな、と2・3年は模索したと思います。椅子も何度作り直したか…… 。椅子はつい最近、やっとこれ! というものに出会うことができました。この椅子は職人さんが私の好みに合わせて制作してくれたものです。(彫る時の)当て布に行き着くまでも、当て木の種類を変えてみたり、分厚いゴムを貼ってみたり、いろいろ試しました。今後もよりいいものが作れるように変化はしていくと思います。

――伊勢一刀彫はクスノキを使うことが多いようですが、何か理由があるのでしょうか。

太田 神社さんのえと守がクスノキが多かったというのが大きいです。また、木の彫刻といえばクスノキが多かった。ヒノキ、ケヤキも彫っていたが、クスノキが手に入りやすかったというのもあると思います。今では、いいものが手に入りにくくなりつつありますが。

 クスノキは、木の中では硬すぎず柔らかすぎず。そして広葉樹で大木になりやすい。それもあって飛鳥時代の仏像はクスノキでできています。伊勢一刀彫はあまり色を付けないのが特徴なので、自然な木の色を生かしたいと思っています。「使える一刀彫」シリーズで作った針山は、黄色がいいと思ってフジキの木を使っています。おもちゃはクルミの木とミカンの木。伊勢一刀彫の可能性を広げるためにも、いろんな木を使っていきたいとは思っています。

伊勢一刀彫の可能性を広げたいと、来年1月に発売するピアス。
伊勢一刀彫の可能性を広げたいと、来年1月に発売するピアス。
(同)指輪。
(同)指輪。
「使える一刀彫」シリーズ。
「使える一刀彫」シリーズ。

――「使える一刀彫」シリーズについてもう少し詳しく教えてください。

太田 今まで伊勢一刀彫は、置物の縁起物しかなかったんですね。カエル・干支・神鶏(しんけい)など。(そういう)飾るだけのものではなく、アクセサリー・縁起箱という箱の取っ手にだるまが付いたもの・キーホルダー・金魚バッグ・おもちゃ・米俵の箸置きなど、日常の中で使えるものが「使える一刀彫」シリーズです。

浴衣に合わせて一刀彫で作った金魚の形のバッグ。
浴衣に合わせて一刀彫で作った金魚の形のバッグ。

――コラボ作品はありますか?

太田 BEAMS Japanさんとの企業コラボでは、伊勢らしいモチーフのキーホルダーを販売しました。今年は干支なども開始します。凛九内のコラボでは、ペット筆や豊橋筆と漆を使った化粧筆があります。

――伊勢一刀彫職人は現在4人。後継者育成についてはどのようにお考えですか?

太田 私自身まだ後継者をとるという立場ではありません。ですが、今後のことを考えると、伊勢一刀彫をやりたいという人が来ても、稼いでいける状態でないとだめですし、弟子たちにちゃんと仕事を分け与えてあげられる余裕がないと弟子も取れない。そういった状態になるために、私が今できることは、伊勢一刀彫を全国・世界に普及させて、価値を高めていくことだと思っています。

 価値を高めていくには、これが伊勢一刀彫商品ですよといって販売していくものがないと多くの人に知ってもらえないので、そのためにも「使える一刀彫」シリーズを考えました。まずは知ってもらう、価値を高める、そして伊勢一刀彫の可能性を増やしていく。

伊勢一刀彫のえと守り。
伊勢一刀彫のえと守り。
日常使いできるピアスの伊勢一刀彫。
日常使いできるピアスの伊勢一刀彫。

――作品一つを完成させるのにどのくらい時間がかかるのでしょうか。

太田 制作している時間よりも考えている時間が長いかもしれないです。デザインから入れて、一日でできるものもあれば、数週間かかるものも。量産品の干支は、デザイン・製材の時間を除けば一つ彫るのに10~15分という場合もあります。えと守だと、一日50体彫らないと割に合わないということも。ものによって差がとても大きいです。

――現在彫っている来年の寅(とら)で干支を一巡。最後に、現在のご心境を教えてください。

太田 一人前になるにはまず12年。干支を一周してからかな、と師匠もよく言われます。

 来年の干支・寅を彫ることで干支を一周しました。正直な気持ちとしては、1・2・3年目あたりに想像していた12年後の自分はもっとできているはずでした。「この造形美すごいいいね」といわれるような彫りができるように頑張りたいです。

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【PROFILE】

太田結衣(おおた・ゆい)

三重県出身。

2008年女子美術大学短期大学部卒。
2010年多摩美術大学卒。
2010年伊勢一刀彫師・岸川行輝氏に弟子入り。

 全国各地の神社の干支を制作。年に数回ワークショップを開催し、企業コラボ商品も。そこにあるだけで“ほっこり”できるような一刀彫をコンセプトに、“心が豊かになるような一刀彫”を心に留めて制作している。

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