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井戸を掘った人=上月財団を忘れない 伊藤美誠選手がジュニア時代の支援に感謝

ジュニア時代の上月財団の支援に感謝する伊藤美誠選手=東京都中央区銀座1丁目のコナミホールディングス。
ジュニア時代の上月財団の支援に感謝する伊藤美誠選手=東京都中央区銀座1丁目のコナミホールディングス。

 日中国交回復から今年で50年。1972年9月、当時の田中角栄首相と中国の周恩来首相が北京で共同声明に署名、「恒久的な平和友好関係を確立する」ことで一致した。

 日中交流は深まり、日中貿易総額の伸びは国交回復40年余りでおよそ300倍に達した。2008年来日した当時の胡錦涛・中国国家主席は「大勢の日本の方々が中日友好事業のために心血を注がれたことを中国人民は永遠に銘記していく」と語った。

 胡錦涛氏の発言は、国交回復に水面下で尽力した日本人をたたえた周恩来氏の言葉「中国人は井戸を掘った人を忘れない」に通ずる。「中国人は恩義を忘れず、困ったときに受けた支援を後々まで覚えている」という意味だ。「飲水思源」(いんすいしげん)という中国のことわざに由来するという。

 2021年開催の東京五輪混合ダブルス卓球で卓球王国の中国ペアを下し、日本卓球界初の金メダルを獲得した伊藤美誠選手(21)は、中国卓球界にとって“好敵手”の一人だが、中国人のように“井戸を掘った人を忘れない”気持ちを持った一人でもある。

 東京都心が真夏日に迫る 27.7度を記録した22年5月28日。伊藤選手は小6~中2までの3年間、「スポーツ選手支援金」(毎月5万円)を支給してくれた上月財団(東京都港区、理事長・上月景正コナミホールディングス会長)の東尾公彦専務理事(コナミホールディングス社長)を東京都内のコナミホールディングスビルに訪ね、“雌伏のジュニア時代”を支えてくれた支援への感謝を伝えるとともに、金メダル獲得を報告した。

記念写真に納まる右から東尾公彦上月財団専務理事、伊藤美誠選手、宮﨑義仁日本卓球協会常務理事=東京都中央区銀座1丁目のコナミホールディングス。
記念写真に納まる右から東尾公彦上月財団専務理事、伊藤美誠選手、宮﨑義仁日本卓球協会常務理事=東京都中央区銀座1丁目のコナミホールディングス。

 伊藤選手を笑顔で迎えた東尾専務理事は「美誠さん、忙しい中わざわざ来ていただきありがとう」と、小学6年以来、上月スポーツ選手支援事業認定式・上月スポーツ賞表彰式でほぼ毎年顔を会わせている伊藤選手の成長に目を細めた。

 国・企業の支援を受けていない次世代のジュニア選手を支える目的で上月財団が2002年創設した「スポーツ選手支援事業」の支援認定選手に、伊藤選手は2012~2014年度選ばれた。初めて支援を受けた小学6年の時の支援申請書に当時無名の伊藤選手は「次のオリンピックでは代表になるという心構えを持ち、中国に勝利するイメージを持ち続け練習に励む」と決意を刻んだ。

 そのイメージは東京五輪で“現実”となり日本卓球界初の金メダルをもたらした。小6年当時の伊藤選手の“決意”を知る東尾専務理事は、「それが何であれ、心に描いたものは現実化できる」と説いた“成功哲学”の祖、ナポレオン・ヒル(1908~70)の名を挙げ、初志貫徹した伊藤選手をたたえた。伊藤選手は「高い目標をも持たないとそれに近い目標にもたどり着けない。東京五輪では女子シングル金メダルを目標にしたからこそ、混合ダブルスで金が取れた」と振り返った。

 伊藤選手に同行した日本卓球協会の宮﨑義仁常務理事は「小学生は日ごろの練習の費用はすべて保護者負担になる。小学生では強ければ強いほどすごくお金がかかる。その意味で、支援環境が整っていない小学生らピラミッドの下にいる選手を支援していただけるのは大変ありがたい。最初に小学生に支援の手を差し伸べてくれたのが上月さんだった」と上月財団の活動に敬意を表した。

 東尾専務理事は「競技人口の底辺が広がれば、優れた選手が生まれる確率が高まる。さらにその優れた選手の活躍にあこがれて競技人口が増え、一段と優れた選手が生まれる。小学生への支援はこのような競技力向上の“好循環”が念頭にあった」とスポーツ選手支援事業の理念を説明した。

伊藤美誠選手(右)から支援感謝の色紙を贈られ笑顔を見せる東尾公彦上月財団専務理事=東京都中央区銀座1丁目のコナミホールディングス。
伊藤美誠選手(右)から支援感謝の色紙を贈られ笑顔を見せる東尾公彦上月財団専務理事=東京都中央区銀座1丁目のコナミホールディングス。

 日本卓球界はすでにその好循環サイクルの“とば口”にたどり着いた感がある。2001年の小学生のナショナルチーム結成以来「日本卓球界の実力はずっと上がり続け、ついに東京五輪では金メダルを獲得した」と語る宮﨑常務理事は「数十年後には、日本卓球界の“上昇”を担った伊藤選手らの世代が私たちの後を継ぎ、さらに上を目指してほしい。将来は打倒中国ではなく、逆に中国卓球界から“打倒日本”と言われるぐらいの“牙城”を築く日本卓球界にしてほしい」と伊藤選手らに期待した。

 自身にあこがれる小学生ら次世代選手のために「もっと“道”を広げたい」と意気込む伊藤選手。24年パリ五輪では念願のシングル金を目指す。将来は、後進が挑む道を示した“井戸を掘った人”として、伊藤選手が、未来の卓球金メダリストたちから、たたえられる番になるのかもしれない。