カルチャー

【連載企画 ラグビーW杯開催国、フランスを歩く】① 日本代表のベースキャンプ地 トゥールーズ

スタジアム ド トゥールーズ。
スタジアム ド トゥールーズ。

 この競技が誕生して200年、ワールドカップ開催は10回目。2015年、“ダビデとゴリアテ”に形容された南ア戦での日本代表の快挙で沸いた記憶は、2019年のベスト8の記憶につながり依然鮮やかだ。そして2023年9月8日から45日間にわたってフランスで開催されるラグビーワールドカップは、45万人以上の外国人の来場を見込んでいる。無観客で開催した東京五輪を思うと、「コロナ後の世界」を讃える祭典にもなりそうだ。会場となるスタジアムは、ニースやマルセイユ、リヨン、トゥールーズ、ボルドーなど、ラグビーは素人、という人にとっても、アフターコロナの旅の一歩を踏み出すのにふさわしい、一度は訪れてみたい魅力的な場所ばかり。そこで南仏を中心に6都市をピックアップ、その歴史や文化、ラグビーとの関わりなどを連載でお届けする。初回は日本代表チームのベースキャンプ地となるトゥールーズだ。

 フランス南西部、オクシタニー地域圏の首府であるこの街は、フランスで最もラグビーが盛んな地として知られている。2007年のW杯でも日本のベースキャンプ地となっており、日本ラグビーフットボール協会が「まるでホームのような」と形容するあたたかいサポートで支えてくれた人々の笑顔が記憶に残る、日本に縁の深い街だ。来年のW杯で日本代表チームが初戦を含む2試合を行うのは街の南部、ガロンヌ川に挟まれた中州のような場所にある3万3千人を収容するスタジアム・ド・トゥールーズ。地元のラグビーチーム、ル・スタッド・トゥールーザンは欧州を代表するリーグの一つ、トップ14と呼ばれるフランス選手権で史上最多の優勝を誇り、ラグビーの試合がある日の街の熱気は想像以上だ。この街で、このスタジアムでラグビーの試合を観戦する意味は格別だ。

 試合が終わっても、ここを離れる前に足を運ぶべき場所は多い。ボーイングと並ぶ航空機製造最大手、エアバスの本社が置かれるトゥールーズには、レンガ造りの建物が並び「バラ色の街」の異名をとる美しさを誇る。多彩な顔を持つ街の歴史は古く、ユネスコの世界遺産でもあるサン・セルナン・バジリカ大聖堂は、フランスにあるロマネスク様式の教会の中でも最大級。4~5世紀、初期キリスト教時代の石棺が残され、スペインのサンチアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路の重要な道筋の一つとしても知られている。

サンセルナンバジリカ大聖堂。
サンセルナンバジリカ大聖堂。
サンセルナンバジリカ大聖堂の内部。
サンセルナンバジリカ大聖堂の内部。

 散策のスタート地点としてふさわしい街の心臓部は、市庁舎を構えるキャピトル広場。クロワ・ドゥ・トゥールーズと呼ばれる街のシンボルが敷石にデザインされ、真正面の市庁舎のバルコニーは、ラグビーで優勝した地元の選手たちが立つ“勝利の場所”でもある。歴史をさかのぼれば第二次大戦中の1944年、ノルマンディー上陸作戦後にパリを解放したド・ゴール将軍が、トゥールーズではこのバルコニーに立って演説している。

キャピトル広場の市庁舎
キャピトル広場の市庁舎

 この広場から出発するミニトレイン(1人7ユーロ)に乗れば、街南北のガイド付き観光ができるから、一通りこれで巡ってから足で訪問する場所をピックアップするのも手だ。

歴史的建造物に指定されているビバンの内装。
歴史的建造物に指定されているビバンの内装。

 さて、旅ではずせないのは食の楽しみ。まずはこの広場に面したル・ビバンへ。1843年開業、いわゆるベル・エポックの特徴的な装飾が施された店は、歴史的建造物に指定されている。シェフはシリア・アレッポ生まれのヤン・ガザルさん。料理人になった動機の一つに日本の影響もあると語る彼の料理には、かすかにエキゾチックな香りが感じられ、前菜のとろけるような半熟卵のフライや、デザートの塩キャラメルバターのソースを添えたバニラのミルフイユなど、ここでなければ味わえない“フレンチ”だ。

ビバンの半熟卵のフライ。
ビバンの半熟卵のフライ。
ビバンのミルフイユ。
ビバンのミルフイユ。

 市場歩きももちろん楽しい。広場から徒歩圏内のヴィクトル・ユゴー市場は、中世から街を囲んでいた城壁を取り除いた場所で、19世紀初頭にスタートしている。屋内市場としてはフランス最大規模。曜日を決めて外に出るテント張りの朝市と異なり、建物の中だから天候の影響を受けずに毎日買いものができ、朝からたくさんの人でにぎわう。フランスラグビーの本拠地だけあって、店の中には地元チーム、スタッド・トゥールーザンの旗を掲げる店もある。肉、魚、野菜やチーズ、パンはもちろん、パティスリーやバー、花屋や総菜を売る店などが軒を並べ活気に満ちている。

ラグビーチームの旗が掲げられたヴィクトル・ユーゴー市場の食肉店。
ラグビーチームの旗が掲げられたヴィクトル・ユーゴー市場の食肉店。
市場の中で陽気に一杯のムッシュたち。
市場の中で陽気に一杯のムッシュたち。

 市場のすぐそばには、フランスの優れた伝統継承職人に贈られるMOF(国家最優秀職人賞)の称号を持つチーズ職人、フランソワ・ブルゴンさんの店「グザビエ」がある。コロナ禍で外出が制限されるなど、日常生活の自由がさまざまな形で奪われてきたこの2年の間に、新たに作り出したチーズ「パヴェ」は、店に出るとあっという間に売り切れるものの一つ。真四角のキューブ型チーズはそれだけで目を引く。パヴェはフランス語で道の敷石を意味する。ブルゴンさんはこの形と命名について、「かつて1968年の学生運動の時、市民が敷石を手にして投げた抵抗の象徴。不自由な生活を強いられたコロナ禍から立ち上がる今にふさわしい形のチーズを作りたかった」と話す。熟成の木箱に入ったキューブ型のパヴェは一つ約800g。シンプルなものとネパールの香辛料を使ったものの2種類があり、後者はチーズを口に入れるとグレープフルーツの香りがする味わったことのない逸品だ。この店ももちろんラグビーとは縁が深く、店頭の試食コーナーにはラグビーの本やユニフォーム、ヘッドキャップなどが飾られている。

新たに作ったチーズ、パヴェを手にするフランソワ・ブルゴンさん。
新たに作ったチーズ、パヴェを手にするフランソワ・ブルゴンさん。
子どもたちに囲まれる大野さん。
子どもたちに囲まれる大野さん。

 トゥールーズは、街のどこに行ってもラグビーへの熱意が見え隠れする。ラグビーの元日本代表選手、東芝ブレイブルーパス東京のアンバサダーを務める大野均さんは、来年のW杯を前に現地の視察に訪れていたが、スタジアムに社会見学に来ていた学校の子どもたちに一瞬で囲まれサインを求められる人気ぶり。大野さんは「2007年のフィジー戦で初めてワールドカップの試合に出場して、1試合で6kgの体重が消耗し、それでも勝てず、ワールドカップの厳しさを思い知らされた場所。来年この場所から、大きな感動を届けて欲しい」と期待を寄せている。

text by coco.g

詳細な観光情報はオクシタニー地方観光局フランス観光開発機構東芝ブレイブルーパス東京を参照。