カルチャー

悲しみを物語るということ 沈黙を強いるものの正体

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 体験しなければ理解できないことというのは少なくない。例えばさまざまな犯罪被害者の苦しみ。だが、事の大きさや種類は違っても、誰の人生にもある悲しみや苦しみを自ら解放する手段があるとすれば、その大きな道筋は案外似ているかもしれない。未解決の世田谷一家殺害事件(2000年12月発生)の遺族が書いた『わたしからはじまる ──悲しみを物語るということ── 』(入江杏著、小学館・東京、税込み1,760円)が発売されている。

 著者はこの事件で、2歳年下の妹とその夫や子どもなど妹一家4人を失った。現在、上智大学グリーフケア研究所非常勤講師として、悲しみにある人々に寄り添う活動を続けているが、事件から6年もの間、家族を失った悲しみを誰にも言えなかったという。「誰にも語ってはいけない、知られてはいけない」という思いは、知られると差別や偏見が待っているという恐怖でもあり、著者に沈黙を強いた母親には「恥」の意識があった、と分析する。奥ゆかしさなど道徳や美意識にも関わる恥だが、「心の奥底に隠した恥に向き合い、沈黙を強いたものの正体を知りたいと思った」と著者。たどりついたのは、「スティグマ(負のらく印)」という概念だったという。

 突然の喪失、大きな悲しみ。周囲の目や社会の物語にとらわれずに悲しみを語り、自分を解放するヒントがここにあるかもしれない。