カルチャー

【ラグビーW杯開催国、フランスを歩く】③  「ワシの巣村」エズと軍港トゥーロン

エズ村から地中海を見下ろす。
エズ村から地中海を見下ろす。

 フランスで開催される2023年のラグビーワールドカップ。ラグビーファンはもちろん、ラグビーはそれほど詳しくないけれど、これを機にフランスを旅したい、という人のために連載でお届けしている現地の紹介。3回目は、ニースやマルセイユなど南仏での試合前後に足を伸ばせるエズ村とトゥーロンを。

 エズは、ニースとモナコの間に挟まれた小さな村。地中海に切り立つ海抜427メートルの崖の上にあり、「ワシの巣村」という異名を持つ。歴史は紀元前までさかのぼるが、今歩いて見るエズならではの村の風景は中世だ。断崖と狭い道の組み合わせは、中世の要塞として機能していたことが分かる特徴的な眺め。小さくて隠れ家のような場所柄、おしのびで遊びに来る有名人は多い。クリントン元米大統領や米国の俳優レオナルド・ディカプリオ、シンガーソングライターのビヨンセ、チャールズ英皇太子とカミラ夫人、オバマ元米大統領も人目を避けて家族でのランチを楽しんだ。アイルランドのロックバンド、U2のボノはここに家を持っているといわれる。

花で飾られ小さな店も並ぶエズ村の小路。
花で飾られ小さな店も並ぶエズ村の小路。
エズ村に住みブティックを営む女性。
エズ村に住みブティックを営む女性。

 徒歩でエズ村にたどり着くまでにまず、「ニーチェの道」と呼ばれている険しい坂がある。ドイツの哲学者ニーチェがここで療養中、「ツァラトゥストラはかく語りき」を構想しながら歩いた道だそうだ。その先、観光案内所やエズ教会がある場所から少しずつ坂を上っていくと、道は次第に狭くなり、両側に石造りの建物が迫る小路が続く。ジャスミンやブーゲンビリアが石の小路を彩り、教会や小さなレストラン、カフェ、衣類や小物を売る店などが点在する。崖の上には熱帯植物園があり、多種類のサボテンなどを鑑賞しながら遠くを見下ろすと、オレンジ色の屋根と地中海の青の絶景が広がっている。

頂上の熱帯植物園。
頂上の熱帯植物園。

 エズ村は、グラースと並ぶ香水の産地でもある。香水メーカー、ガリマール社のアトリエでは、調香師の指導を受けながら自分だけのオリジナルの香水を作ることもできる。ここで親身なアドバイスをしてくれるのは日本人調香師、増田湧介さんだ。大学までサッカー選手を夢見てきたという彼の異色の“転向”は、旅行中に飛行機で隣に座った日本人がきっかけだったという。パリで活躍していた旅人の話を聞きながら、自分らしい仕事をしたい、と思ったという。

香りの選び方を説明する増田さん。
香りの選び方を説明する増田さん。

 調香体験の部屋には、それぞれの机の上に「オルガン」と呼ばれる棚があり、確かにオルガンのような形の木製の棚にさまざまな香りの小さなビンが並んでいる。机上の紙にはベースノート、ハートノート、ピークノートと書かれた3つの枠が印刷されていて、体験者は小ビンのフタを開けて香りを確かめながら、好みの香りを枠内に書いていく。ベースノートは揮発速度が一番遅く長持ちするもの、ピークノートは逆に真っ先に立ち上がってくる香りで、好みを書き終えると増田さんが分量を決めてブレンドしてくれる。出来上がった香りは世界に一つ。この調合の記録はずっと残され、またここを訪れて注文すれば、何年経っても自分だけの香りをまた買うことができる。エズ村に来なければできない体験の一つだ。

さまざまな香りを試しながら好みを書き留めていく。
さまざまな香りを試しながら好みを書き留めていく。

 ニースから、映画祭で有名なカンヌを通過して西に約150キロ。マルセイユからなら東に約70キロ。ヴァール県の県庁所在地トゥーロンはフランス最大の軍港として有名で、海軍基地がある。その歴史は17世紀、ルイ13世がこの地にレバント艦隊を置いた時代までさかのぼる。続くルイ14世の時代には、マルセイユは商業港に、トゥーロンは軍港にと役割分担がなされた。当時のガレー船にはたくさんの漕ぎ手が必要で、徒刑囚がその役務につくことが多かったといわれ、刑期が終わっても労働から解放されないなど問題も多く、ルイ15世の時代にはガレー船の役務から鉄の足環などをはめる刑罰に変更されている。ちょうどその頃にできたのがトゥーロン刑務所。ヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』の中では、主人公ジャン・バルジャンが収容されていたところで、そういえば地名に聞き覚えがあるという人もいるかもしれない。

中世の要塞であることが実感できるエズ村からの眺め。
中世の要塞であることが実感できるエズ村からの眺め。

 地中海に開いた地の利は、軍港としてだけでなく、トゥーロンをコルシカやサルデーニャなど地中海に浮かぶ島とつなぐたくさんの航路の玄関口にし、いまやクルーズ船の行き来もひんぱんだ。街の特徴的な眺望を眺めるなら、市北部のファロン山に登るのが一番だ。ロープウェーもあるし、車で上ることもできる。標高584メートルの頂上からは裾野に広がる赤茶色の屋根の街並みや港を行き交うフェリー、帰港しているなら、トゥーロンを母港とする航空母艦シャルル・ドゴールの勇姿を目撃できるかもしれない。石灰質の山を登る道には、ロードバイクを走らせる自転車好きの姿も多い。

地面にはめ込まれた歴代選手たちの銘板。
地面にはめ込まれた歴代選手たちの銘板。

 せっかくラグビーW杯で渡仏したなら、市内のスタッド・マイヨールは必見だ。W杯の会場ではないが、市の中心部でこれほど他の建物と隣接しているスタジアムはめずらしいといわれる、約17,500人収容のこぢんまりした多目的競技場。スタジアムの中から見ると、試合があれば窓から観戦できるだろうと思うほど周囲の集合住宅が近くに迫っている。多目的とはいえ、ほとんどラグビーの試合が行われているこのスタジアムができたのは1920年。当初から地元のラグビークラブ、RCトゥーロンのホームになっている。フランスラグビーの最高峰、トップ14で4回の優勝を勝ち取っている強豪、あの五郎丸歩選手が日本人として初めて所属したクラブだ。

スタジアム前にはラグビーボールのオブジェ。
スタジアム前にはラグビーボールのオブジェ。
スタジアムのすぐそばに集合住宅が迫っている。
スタジアムのすぐそばに集合住宅が迫っている。

 スタジアムの前には大きなラグビーボールのオブジェが置かれ、地面には歴代選手たちの銘板もはめ込まれている。RCトゥーロンのサポーターたちが集う場所もあり、スタジアムを訪れた元日本代表選手、東芝ブレイブルーパス東京のアンバサダーを務める大野均さんは、あっという間に彼らに囲まれ記念撮影。地元のラグビー熱の高さを思わせた。

ラグビーのサポーターたちに囲まれる大野さん。
ラグビーのサポーターたちに囲まれる大野さん。

text by coco.g

詳細な観光情報はプロヴァンス・アルプ・コートダジュール地方
観光局、フランス観光開発機構東芝ブレイブルーパス東京を参照。