「人の行く 裏に道あり 花の山」。株式投資の有名な格言だ。世間と違う道を選んだほうが利益を得られるもの――というような意味だが、どんな分野でも当てはまりそうな至言である。この夏、北海道を旅するにあたってOVO編集部が選んだ裏の道は「空知(そらち)」。
旅行先として日本屈指の人気を誇る北海道だが、14ある行政区域の中で「空知」地域の知名度は全国的にはそれほど高くない。旅行会社の北海道周遊ツアーなどに組み込まれることも少ない、いわば北海道観光の裏の道だ。だからこそ、花の山があるかも。そんな期待に胸ふくらませて北の大地を踏みしめた。
空知は、札幌、旭川、新千歳空港の間に位置し、南北に長い、海のない地域。かつて炭鉱で栄えた都市が点在し、道内最大の米の生産地でもある。空知管内は北空知、中空知、南空知と三区分されており、4回連載で空知の魅力を探っていくことにする。第1回目は北空知~中空知のエリアで気になった観光スポットを訪ねてみるとしよう。
これぞまさに“人生で一度は目にしたい絶景”
最初に訪れたのは北竜町の「ひまわりの里」。札幌駅から約120km、旭川駅から約50kmの距離にあり、札幌から高速バス(所要時間約2時間)も1日3本出ている。実は、「2022年夏に行きたい夏の風物詩『ひまわり畑』ランキング」(SOMPOひまわり生命保険調べ)で堂々の1位となった場所だ。
車から降りて、ひまわりの里の入口に立つと、その光景に思わず「おぉ~!」と声が出た。文字通りの「花の山」である。約23haの広大な畑に、200万本ものひまわりが林立し咲き誇っている姿は実に壮観。写真で見て情報としては知っていたが、ひまわり畑の中の巨大迷路を巡って実際に目の当たりにしたインパクトは絶大だ。人の顔ほどの大きさの花が人の背の高さで200万本も林立している光景は、まるで200万人もの「ひまわり星人」に取り囲まれているかのような感覚にすらなる。これぞまさに、“人生で一度は目にしたい絶景”だ。
1カ所の畑としては日本最大規模となるこのひまわり畑は、もともとは農協が健康食品としてのひまわり油を採取するために、1979年に栽培の取り組みをスタート。そのうち観光客がどんどん増えていき、1987年には第1回「ひまわりまつり」が開催されるなど、徐々に観光地として整備されてきた。いまでは農協のみならず、町民ボランティアによる草取り&間引きが行われるなど、町全体でこの絶景を育てている。
メインのひまわり畑以外にも、北竜中学校の生徒が中心となって育てた30種類の珍しいひまわりが植えられた「世界のひまわりコーナー」や「スーちゃん(女優 田中好子)のひまわりコーナー」などは見ておきたい。ただ、残念ながら「ひまわりまつり」開催期間は約1カ月(2022年は7月23日~8月21日)。ひまわりが満開となる見頃の時期となると、7月下旬~8月上旬の1~2週間だというから、できれば満開の時期を目指して訪れたい。
スイーツざんまいしたいなら砂川市へ!
甘いものが好きな人には見逃せないのが中空知にある砂川市だ。空知が炭鉱で栄えていた時代、交通の要所となっていた砂川駅周辺には、労働者が疲れを癒やしたり家族におみやげを買ったりするために、甘いものを売るお店が多かったという。その名残で今でもたくさんのスイーツ店、お菓子屋、カフェがあり、「すながわスイートロード」というすてきな名前で呼ばれている。ロードといっても一つの通りにお店が集中しているわけではなく、国道12号を中心に点在する、約20店舗のバラエティー豊かなスイーツ店の総称だ。各店舗の情報やマップは砂川市のホームページで入手できる。今回は3店だけ訪れることができたので、簡単にご紹介しよう。
「北菓楼」
北海道を代表する菓子メーカー「北菓楼」。砂川市にはその砂川本店がある。北菓楼のお菓子といえば北海道土産の定番。シュークリームやバウムクーヘンも人気だが、一番売り上げが大きいのは「開拓おかき」だそうだ。原料となる餅に使うお米はもちろん、甘えび、サケ、昆布、帆立といった海の幸もすべて北海道産。おかきの中に海の幸を練り込んでいるので、口に入れたときのしっかりとした食感と、ボリボリ噛みしめたあとの味わい、この2段構えのおいしさが人気の秘密だ。和洋、どのお菓子を食べても間違いないが、筆者のおススメはよもぎまんじゅう「夢開拓草饅頭」だ。
砂川本店には喫茶フロアも併設され、ランチやスイーツを味わうこともできる。人気のオムライスは残念ながら売り切れで食べることができなかったが、ナポリタンも上品な味でなかなかの美味だった。クラシックモダンをテーマにした店内はすごく居心地がよく、夏は庭でソフトクリームを、冬は暖炉の火を眺めながらケーキを楽しみたい。駅からはだいぶ離れた場所にあり、車かタクシーでないとアクセスは難しいが、行く価値は十分だと思った。
北菓楼のこだわりは、①北海道産の良質で新鮮な素材を極力使うこと、②おいしいお菓子を作るためには手間がかかる製法もいとわない、③特徴のあるお菓子を作る――この3つだとか。生菓子以外は同社の通販サイトでも購入できるので気になった人は試してみては?
「季の庭 YA-YELL」
砂川駅から約1.2kmの住宅街にある隠れ家のようなカフェが「季の庭 YA-YELL」だ。普通の住宅の庭のような小道を通り抜けていくと目に飛び込んできたのは、まるでリゾート地のような光景。次元の裂け目を通り抜けてしまったかと思うくらいの別世界だ。ピンネの山々と遊水池(砂川市オアシスパーク)が一望できる庭にはテーブルとイスが並べられ、どうやらここがカフェスペースらしい。メニューのイチオシはソフトクリームバー。フローズンソフトクリームにフルーツがちりばめられた新食感のアイスバーだ。食べてみると確かにうまい! 甘すぎず、フルーツとミルク感のバランスも絶妙である。店名の由来を聞くと、オーナーの奥さんのお名前が八重子さん。このすてきな庭でお客さんにエールを送りたいということで、ヤエとエールを組み合わせた「ヤ・エール」にしたそうだ。
「いよだ」
どことなく懐かしい昭和の雰囲気を感じさせるのが老舗の「いよだ」。創業は昭和どころか明治30年と、砂川市で一、二を争う歴史を持つ菓子店だ。現在の店主は5代目だという。和菓子の店というふれこみだったが、洋菓子も販売している。和菓子は和菓子屋、ケーキはケーキ屋と分かれている本州とは違って、北海道のお菓子屋さんでは両方あるのが当たり前なのだ。60年前から販売している「きぬたもち」のようなロングセラーもあれば、「おやじの玉ねぎクッキー」のように工夫をこらした商品もたくさんあって、バラエティーに富んだ品ぞろえに感心する。個人的には、フレッシュバターで焼き上げたかぼちゃの種のクッキーにホワイトチョコをサンドした「かぼちゃダネ」が気に入った。
「ソメスサドル」のショールームで“上質”にふれる
上質な革製品が好き――そんな人におすすめしたい場所が砂川市にはある。日本唯一の馬具メーカー「ソメスサドル」の砂川ファクトリー&ショールームだ。同社は1964年に輸出用の馬具を作る会社として創業し、現在も国内外の競馬騎手の鞍や宮内庁の馬車用具を製作している。1985年からは、馬具づくりで得た技術を生かしてバッグや革小物も製造・販売。ソメスの製品は、革の質感の良さや、ミシンと手縫いを組み合わせたハンドメイドの技法が特長だ。扱っている革はなんと40種類に及ぶ。
緑の芝生が広がる敷地内ではリタイアした競走馬が飼われていたり、ショールームには武豊さんの鞍が展示されていたりと、競馬や馬が好きな人にも楽しめそうなこの施設。コロナ禍の前は、乗馬体験や革小物の手作り体験といったイベントも開催していたそうだ。
同社は北海道に5店舗、銀座や青山など道外に5店舗の直営店も持つが、このショールームはどの店舗よりも品数が多い。ベルトや財布といった革小物から大きなバッグまで、かばんはビジネス用のカチッとしたものからファッション性のあるものまで、男女を問わず、いや愛馬用や愛犬用まで取りそろえられている。実際に商品を触ってみると、ため息が出るほどの素晴らしさ。値段は少々お高いが、長年愛用できると思えば納得できるはず。海外の高級ブランドもいいが、国内のブランドを応援しなきゃ。そう思って筆者もベルトを1本購入した。
北国の奇跡の本屋さん「いわた書店」
観光名所というわけではないが、砂川市を訪れるにあたってぜひ訪れたかったのが、「一万円選書」で有名な「いわた書店」だ。NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』という番組で4年前に知って以来、いつか行きたいと願っていたのだが、今回ついにその夢を実現することができた。
ご存じない方のために説明すると、店主の岩田徹さんが2007年に始めたのが「一万円選書」。お客さんに自分の人となりや読書傾向が分かる選書カルテを書いてもらい、それをもとに岩田さんがその人に読んでほしい本を1万円分選び、送ってくれるというオーダーメードのサービスだ。開始から7年は鳴かず飛ばずだったものの、ネットで急上昇ワードとなったことから2014年に大ブレーク。3日間で555件の申し込みがあり、岩田さんの対応能力を超えたためやむなく受け付けをストップ。その後は1年に1回だけ秋ごろに申し込みを受け付け、応募者の中から毎月抽選で約100人ずつ選び、1年かけて対応している。1年に3千~7千人の応募があり、過去14年で延べ1万3千人以上のお客さんの要望に応えてきた。詳しいことは『一万円選書:北国の小さな本屋が起こした奇跡の物語』(ポプラ新書)、『「一万円選書」でつながる架け橋 北海道の小さな町の本屋・いわた書店』(竹書房)と2冊も本が出ているので、それを読んでほしい。
お邪魔したのは店のシャッターを下ろして選書中の時間。取材という名目で中に入れていただき、少しだけお話をうかがった。店内は一見、どこにでもありそうな地方の書店さん。本の数は、想像していたよりも少なめだ。だが、並んでいる本を見ると、他の書店さんとは一味も二味も違い、「なるほど」「ふむふむ」「ふ~ん」「へぇ~」と興味が尽きない。ここには岩田さんの吟味した本だけが並べられ、新刊というだけでは場所を得られないのだ。店主の主張が色濃く出たこんな本屋さんが近所にある砂川市民がうらやましい・・・。選書の抽選が待てないという人はお店を訪れるという手もありますぞ。
岩田さんは「お客さんとコミュニケーションして本をおすすめするという、書店として当たり前のことをネットを使ってやっているだけ」と語るが、いまは当たり前のことがなかなかできない時代。それを求めるお客さんと、情熱を持って応える岩田さんの幸福な関係はまだまだ続いていくだろう。