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【コラム】不妊相談・妊娠中絶相談、18トリソミーの娘… 「いのち」と向き合う薬屋さんが伝えたいこと

18トリソミーで生まれた次女桃子ちゃん。
18トリソミーで生まれた次女桃子ちゃん。

 弁当作りを通じて子どもたちを育てる取り組み「子どもが作る弁当の日」にかかわる大人たちが、自炊や子育てを取り巻く状況を見つめる連載コラム。宮崎で薬店を経営しながらボランティア活動にも取り組む薬屋さんの上杉省栄(うえすぎ・しょうえい)が、子どもたちにとって家庭料理は「いのち」を体感するヒントになると訴える。

「いのち」の始まりを知る、家庭料理で「いのち」を実感する

 私は店頭で漢方相談を行いながら、「いのちの始まりを大切にしよう」という生命尊重活動にも携わっています。ここ数年ありがたいことに、小中学校などで「いのちの大切さ」について話す機会を頂くことが増えました。その中で「3つのこと」を伝えて、子どもたち自身に「いのち」について考えてもらうようにしています。

 まず1つ目は、漢方相談を受けている全国の薬局では、今の私と同じように、「子宝の相談がかなり多い」ということ。

 今や不妊の原因の半分を男性が占めており、晩婚化や生活習慣などの変化も相まって、精子や卵子の質の悪化も大きな原因のように感じています。NHKの報道によれば、日本は、不妊の検査や治療を受けたことのある夫婦が6組に1組となっており、不妊治療専門クリニックが世界一多く、体外受精の実施数も世界一だそうです。新しい「いのち」を「授かりたいのに授からない」現実が多くあるのです。

 2つ目は、私の住む宮崎県では、「自殺率や人工妊娠中絶率が高い」ということ。

 令和3年に、宮崎県では207人(宮崎県が厚生労働省「人口動態統計(確定数)」に基づき集計)が自殺で「いのち」を落としています。
 また令和元年には、1,673件(宮崎県母子保健統計より)の人工妊娠中絶が報告されています。特に人工妊娠中絶については、同年に全国で1年間に156,430件が報告されています。1日平均で428件です。

 もちろん、さまざまな理由で、やむを得ず中絶を選ばれるのだと思います。ただ私たちの団体の妊娠葛藤相談窓口にご連絡をいただく女性の声には、「本当は産みたいのに産めない」という相談も多いのです。

 「周囲に反対され、どうして良いかわからない」

 「相談できる人が周りにいない」

 理由はさまざまですが、誰にも相談できずに一人で悩み苦しんでいる女性も多くいらっしゃいます。「一人でも多くのいのちが助かれば」と願って、活動を続けています。

 そして3つ目に、「生きたくても生きられないいのち」があるということ。

 私の娘は、18トリソミーという病気でした。この病気は遺伝子の病気で、妊娠中に残念ながら死産する子どもも多く、心臓などに重い疾患を抱えていて、生まれても長期間生きることが難しい病気です。

 近年は、積極的な治療などで出産にこぎつけたり、出生後も生存日数が延びたりしています。とはいえ、まだまだ「長生きできない」という考え方も多いです。

 私の場合も、わが子の病気が分かったときに、担当ドクターから「私たちはこの子が生まれてくるとは思っていない」と言われました。

 私たち夫婦は親としてかなりショックを受けましたが、「なんとかしてこの世に生まれて、一目だけでも外の明るい世界を見せてあげたい」と願い、たくさんの方にサポートされて、遠く離れた広島の病院で無事に生まれることができました。

 縁もゆかりもなかった広島の地でしたが、心臓の手術も受けることができて、ドクターをはじめ、病院スタッフの皆さんの温かい言葉や配慮に勇気付けられました。また、広島の先生方が繰り返し説得してくださったおかげで宮崎の病院で受け入れてもらえることになり、無事に家に帰ることができました。

「この病気で退院して自宅に戻れたのは、たぶん宮崎では初めてだと思います」

 地元のドクターにそう言われたときは、「本当にたくさんの支えのおかげで、ここまで来ることができた」と、嬉しかったのを今でも覚えています。

 その後、娘は1カ月ほど自宅で生活しましたが、残念ながら風邪を引いてしまい、あっという間に天国へと飛び立ってしまいました。産まれてから5カ月ほどのことでした。
 相田みつをさんの「自分の番 いのちのバトン」という有名な詩があります。

 父と母で二人、父と母の両親で四人。二十代前までさかのぼると、百万人を超すそうです。この「いのちのバトン」は、一つでも欠けたら自分は存在しないということに、あらためて気付かされます。子どもたちにこの詩を紹介すると、「自分のいのちが、まさに奇跡の連続で成り立っている」と実感するようです。

 最近は、日本でも人の「いのち」を奪う事件が後を絶ちません。ある著名な方が、「いのちの始まりを大切にしないと、生命を尊ぶ心が麻痺して、生まれた後のいのちも平気で殺す時代になる」と言われていました。

 子どもを対象にしたある調査で、「魚は切り身で泳いでいる」「キャベツは工場で作られている」と答える子どもが多かったそうです。最近は、家で魚をさばくお母さんも随分減りました。子宝相談で見えたあるご夫婦が、「家で料理をしない」「炊飯器を持たない」というケースもありました。

 確かに、店頭で切り身で売られている肉や魚は手間もかかりませんし、台所も汚れません。肉や魚のみならず、最近は、調理されて皿に並べるだけの野菜も随分増えた気がします。でもこれは、子どもたちが「いのち」そのものを見る機会が減っていることを意味します。

 そこで私は、子どもが「いのちの始まり」を学ぶのに、「家庭での料理」も良いのではと考えるようになりました。

 私の小さい頃は、台所では祖母が、生きた魚をさばいていました。近所の畑から、太陽をたっぷり浴びた季節の野菜をいただき、煮物や天ぷらなどで食べることもありました。まさに「いのち」が目の前にあったのです。

 忙しい毎日の中で、毎食毎食手の込んだ料理を作るのは難しいでしょう。でも、週に一食だけでも、子どもと一緒に買い出しをして、一緒に料理を作って、一緒に「いのち」を体感する。そんな日があっても良いのでは、と思う日々です。

上杉 省栄(うえすぎ・しょうえい)
 1972年生まれ。宮崎県出身、薬局勤務などを経て、2014年「くすりのドリーム」を開業。漢方相談などを受ける傍ら、「ワン&オンリー宮崎いのちの会」事務局長として、小さな命を助ける活動や主に学校での命の大切さを伝える活動も行っている。

 #「弁当の日」応援プロジェクト は「弁当の日」の実践を通じて、健全な次世代育成と持続可能な社会の構築を目指しています。より多くの方に「弁当の日」の取り組みを知っていただき、一人でも多くの子どもたちに「弁当の日」を経験してほしいと考え、キッコーマン、クリナップ、クレハ、信州ハム、住友生命保険、全国農業協同組合連合会、日清オイリオグループ、ハウス食品グループ本社、雪印メグミルク、アートネイチャー、東京農業大学、グリーン・シップとともにさまざまな活動を行っています。