弁当の日

弁当作りが日本の未来を救う “食”問い直す映画「弁当の日」

弁当の日ポスターB2_0613

 自分や家族のためお弁当や食事を作る人々を追ったドキュメンタリー映画「弁当の日~めんどくさいは幸せの近道」がこのほど完成し、11月17日に東京都内で特別試写会が開催された。映画は食事を作るという日々の小さな営みが、実は人間を成長させる大きな力を秘めていることを、温かく見守る家族らの姿とともに描いている。

「弁当の日」提唱者

 ザクザクと新鮮な野菜を刻む音、カタカタカタと菜箸で卵を溶く音色が台所に響く。弁当の日というタイトルにふさわしい冒頭シーンは、女優・和久井映見さんの「あなたはいま幸せですか」というナレーションとともに切り替わり、マイクを握る男の険しい表情をクローズアップする。男は大勢の聴衆に訴える。
 「家族全員の食事を作れますか、ごはんとみそ汁の朝ごはんを作れますか、と聞いて、手を挙げるのは小学生1%、中学生1%、高校生1%。全国の子どもたちはいま、食事を作ることを面倒くさい、しなくてもいい、してくれること、と思い続けて育っている」
 男の名は元教師の竹下和男さん。一般にはそれほど知られていないが、食育の世界では「弁当の日」の提唱者として有名だ。台所に立たない子どもたちの将来を憂い、校長を務めていた香川県の小学校で2001年、弁当の日という、子どもたちが弁当を年数回作る取り組みを始める。唯一のルールは“保護者は手伝わない”こと。
 竹下さんの願いは、弁当作りを体験した子どもたちが、食事作りを「面倒くさいこと」ではなく「楽しいこと」と思うこと。それが子ども自身の「生きる力」と将来親になった時の「子育て力」につながると信じる。
 その信念を胸に竹下さんは全国を講演して回り、弁当の日の意義を熱心に訴えた。行く所、賛同の輪が広がる。賛同者は小中学校の教師だけでなく、助産師や飲食店経営者、農学博士、自治体職員、新聞記者ら多彩な顔触れ。竹下さんがまいた“種”を大きく、あるいはそれぞれの問題意識の下にアレンジして大切に開花させていく。
 およそ20年の間に弁当の日の取り組みは、小中学校を中心に全国で2300校以上にも及ぶ。小学1年生の夏休みの宿題に「みそ汁作り」を加える試みや高校生や大学生を対象にした「自炊塾」など、弁当の日をヒントに同じ方向を目指す、弁当の日の新たな“バリエーション”も生まれた。
 映画はこの多彩な広がりを見せる弁当の日の大きな“うねり”を、弁当の日が全国に広がる先駆けとなった福岡など九州を中心に丹念に追う。食事作りの前後で登場人物の表情はがらりと変わる。その変化に気付く家族ら周囲の反応もカメラは見逃さない。

みそ汁の日

 長崎県佐世保市。夏休みの宿題のみそ汁作りに初めて挑む小学1年の男児が、踏み台に乗り具材のトマトを包丁で刻む。完成したみそ汁にトマトのへたが顔を出す。男児ははにかむが誇らしげな表情は隠しようがない。
 男児はみそ汁作りを重ねる。カメラは、当初は付きっ切りで見守っていた母親の変化も含め、男児の“ひと夏の成長”を鮮やかに記録する。

「うざい」のSOS

 山口県下関市の中学校では、不登校を続ける中学2年の少年が登場する。当然弁当の日に参加したことはない。
 父親は仕事で長期出張中。母親らと暮らす公団住宅で不登校の「理由」を語る。いまどきの少年少女が気楽に使う「うざい」という言葉を使って。
 うざいは、うっとうしい、煩わしい、面倒くさい、不快などを意味する「うざったい」の略語。はやり言葉のように使う多くの少年少女らにとっては、気に入らないことならなんでもかんでも詰め込める魔法の言葉だが、この少年の場合は違う。自身でもよく分からない心の葛藤を必死で伝えようとする窮余(きゅうよ)の表現に思える。
 この少年が、弁当の日に参加することはあるのか。あるとすれば、弁当の日の何が、少年の“心のドア”をたたいたのか。普段意識することのない食事を作るという営みをあらためて考えさせる結末が待っている。

旅立ちの朝

 自立を目指す若者が料理の基礎を学ぶ「自炊塾」の事例では、高校を卒業し進学のため東京に向かう大分県佐伯市の青年を追う。ふるさとを旅立つ青年と家族の「最後の朝ごはん」の場面が深い余韻を残す。
 旅立ちの日、青年は早起きして家族全員の朝ごはんを作る。自炊塾で料理の基礎は身に着けた。ごはんやみそ汁、卵焼きなどの朝食が、3世代7人の大家族の食卓に並ぶ。砂糖と塩を使った卵焼きは母直伝。父親は「のどを通らない」と真っ先に泣く。
 対照的なのは祖父。一言も話さず黙々と箸を口に運ぶ。おそらく初めて口にしたであろう、孫が作った朝ごはんをどんな気持ちで味わっていたのか。ほとんど変化のない表情からは分からない。
 しかしその“答え”は、青年を見送る別れ際に“行動”で示される。監督さえ予想できなかった行動に祖父は出る。語らぬ祖父の内面が、画面いっぱいに広がったようなシーンが展開される。

特別試写会であいさつする左から安武信吾監督、ナビゲーターの城戸久枝さん、竹下和男さん(東京都千代田区、2020年11月17日)。
特別試写会であいさつする左から安武信吾監督、ナビゲーターの城戸久枝さん、竹下和男さん(東京都千代田区、2020年11月17日)。

折り返し点

 全国に広がる弁当の日のうねりを追い続けたカメラはラスト、元教え子の自宅を訪ねた竹下さんをレンズの正面に据える。弁当の日が始まった2001年の第1回「弁当の日」に参加した“2期生”の元教え子の女性が母となり2歳の長男と一緒に台所で食事を作っている。
 2人を見つめる竹下さんの表情はとても穏やかだ。映画冒頭で「食の異変」を訴えた時の険しい表情は消えている。
 だが竹下さんの穏やかな表情は“到達点”に達した者の満足の表明ではないだろう。映画の中で竹下さんはこうも言っている。
 「(弁当の日の取り組みは開始から)14、15年経って静まってきている。これに火を付けたい」
 この映画は、100年先をも見据える弁当の日の到達点ではなく、これからさらに広がっていく“折り返し点”を伝えているのかもしれない。
 監督は本作が初作品の安武信吾氏(「はなちゃんのみそ汁」著者)。大宅賞受賞のノンフィクションライター城戸久枝さんがナビゲーターを務める。
 自主上映会は2021年4月から開催。自主上映会の申し込みは映画「弁当の日」ホームページで受け付けている