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【洋楽を抱きしめて】「エスケイプ」――4分30秒で展開される男女のしゃれたドラマ

ルパート・ホルムズ

 男と女のしゃれたドラマが4分30秒という短い歌の中で展開される素敵なナンバー、それがルパート・ホルムズの作詞・作曲による「エスケイプ」だ。

 ――男は現在のパートナーに飽きていた。そんなある日、新聞の個人広告欄に次のような手紙が載っているのを見つける。

 「もし、あなたがピニャ・コラーダが好きで/雨に濡れても平気で/ヨガに夢中でなくて/そんなにおバカさんでもなくて/真夜中の砂丘でメイク・ラブしたいと思っている/そんな人なら/私こそあなたの恋人候補/お手紙ください/一緒にエスケイプしましょう」(対訳Kuni Takeuchi)

 興味をひかれた男はやはり新聞の個人広告欄に手紙を書いた――「はい、ぼくはピニャ・コラーダも雨に濡れるのも好きです(略)」。そして二人はバーで会う約束をする。

 ピニャ・コラーダとは、ラムをベースにパイナップル・ジュースとココナッツ・ミルクを砕いた氷と一緒にシェイクしてつくるカクテル。まことに道具立てもしゃれている。

 約束通りにバーで女を待っていた男。その前に現れたのは、あろうことか彼の現在のパートナーだった。「まあ、あなた」と彼女。そして二人でしばらく笑い転げたあとに、彼は彼女に言った。「知らなかったよ」――「おいで、一緒にエスケイプしよう」。

 ホルムズは語る「ぼくがこの歌を好きな理由のひとつは、この歌は明るい中にも、人と人との繋がりがあまりにも簡単に捨てられてしまうような風潮を、鋭くついているところがあるからです」(フレッド・ブロンソン著「ビルボード・ナンバー1・ヒット」音楽之友社)。

 「エスケイプ」はホルムズの1979年のアルバム『パートナーズ・イン・クライム』の冒頭を飾る。シングルカットもされ、2週連続の全米首位を獲得した。
 同アルバムからは、男の嫉妬を歌った「ヒム」もヒットチャートを賑わせた。

 ホルムズは1947年生まれ。3歳の時にニューヨーク近郊に移り住んだ。父親がジュリアード音楽院卒でアルト・クラリネットの名手だった。その影響からか、彼もクラリネット専攻でマンハッタン・スクール・オブ・ミュージックを卒業した。

 在学中からバンドや、スタジオ・ミュージシャンとして活動を開始していたホルムズだが、74年のアルバム『ワイドスクリーン』にバーブラ・ストライサンドが惚れ込んで、コラボに乗り出したことで、彼の音楽人生は大きく開けてゆく。

 そしてホルムズは、バリー・マニロウ、マンハッタン・トランスファー、ディオンヌ・ワーウィック、ドリー・パートン、リタ・クーリッジらにも楽曲を提供した。

 80年代半ば以降は、活動を演劇や小説のための創作に移していく。そこでもホルムズは大成功を収めている。チャールズ・ディケンズの同名未完成ミステリー小説をもとにした、トニー賞を独占したミュージカル「エドウィン・ドルードの謎」などが代表作。小説も相次いで発表、文字通りの“ストーリー・テラー”として高い評価を得ている。

文・桑原亘之介