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1本の木に会いに行く【5】吉野桜の母樹<奈良県>

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©吉野山観光協会

1300年の歴史を持つ「吉野桜」

TABIZINE還暦特派員の阿部真人です。

桜の花もすっかり散ってしまい、吉野は静けさに包まれていました。
吉野の山にシロヤマザクラの木が植えられたのは1300年前。奈良時代の修験道の開祖・役行者(えんのぎょうじゃ)がこの地に金峯山寺(下の写真)を開くにあたって桜の木で蔵王権現を彫って本尊とし、ご神木として保護したことが始まりです。その後長い時間をかけて桜の木の寄進を受け、吉野の山は美しい桜に覆われるようになりました。
金峯山寺蔵王堂の前の新緑も、由緒ある「四本桜」です。

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この金峯山寺蔵王堂や吉水神社などは「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産にも登録されています。吉野の山はいま観光客の姿は三々五々。街全体が静寂に包まれています。その一方で新緑がまぶしく、清々しい光が満ちていました。のんびり歩くにはちょうどいいかもしれません。桜の花が咲く4月、行列ができるほどの大勢の観光客でにぎわったそうです。

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いま観光客の姿は三々五々。街全体が静寂に包まれています。その一方で新緑がまぶしく、清々しい光に満ちていました。のんびり歩くにはちょうどいいかもしれません。

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吉野桜を守る人びと

吉野山の桜を守り続けてきたのは「吉野山保勝会」という地元のボランティア組織です。
桜の樹勢を調べて手当をし、立ち枯れたり病気になった桜を植え替え、吉野桜を守り続けてきました。
事務所は金峯山寺の隣にあります。まずはここでお話を伺いました。

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理事長の福井良盟さん。本職は吉野山の竹林院というお寺の住職をしています。
「保勝会」はその名の通り、吉野の名勝などの文化財を守り続ける活動をしてきました。その対象が桜、シロヤマザクラ。発足したのはなんと今から100年以上も昔の1916年、大正5年なのだそうです。

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そのころ吉野山の桜は荒廃していたそうです。原因は明治維新で始まった「廃仏毀釈」。これによって仏教施設への破壊活動が始まりました。吉野の山では桜の寄進や保護することも減り、山は荒れ始めたといいます。そんななか細々と吉野の桜を守り続けてきた人々が立ち上がって会を発足したのが大正5年のことだったというのです。

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事務所のベランダでも、ほど近い幼稚園の跡地でも桜の「育成園」として、たくさんの苗木が育てられていました。平地が少ない吉野の山では貴重な土地です。あらゆる機会をとらえては桜の育成をはかっていました。

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実は今ふたたび桜の元気がなくなってきているともいいます。その原因のひとつがナラタケモドキ(キノコの一種)という菌。その菌が繁殖することによって桜の木が病気になり、育ちが悪くなったり、立ち枯れたりするそうです。福井さんは、桜の樹勢をなんとか取り戻したいと話します。

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どのように桜を育てるのか

それでは、どのようにして桜の木を育てていくのでしょうか。実は長い時間がかかるそうです。
5~6月になると赤く熟した桜の種が落ちます。それを拾い集め一週間ほど水につけ、果肉を取り除きます。きれいに洗った種を水のなかにつけると浮く種と沈む種があり、沈んだ種だけを残します。
一週間ほど陰干しし、翌年2月中旬まで細かい網目の袋に入れて冷暗所や土中に保存するのだそうです。

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©吉野山保勝会

そして2月中旬から下旬が種まき。2~3cm間隔で一粒ずつ蒔き、細かい土を1cmほどの厚さで覆います。土壌が乾燥していたり、湿気が強いのはダメ。連作もダメです。桜は太陽の光を好みます。空気が汚れているところでは育ちません。4月の中頃になると発芽します。

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©吉野山保勝会

こうしてある程度大きくなった苗木を植樹していくのです。植樹は晩秋、葉が落ちてから新芽が開き始める翌年の春まで。植える前に幅50~60cmの穴を掘り、底に元肥を充分入れます。

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植え付けにあたっては根をよく広げ、8分目ほど土を埋めもどし、桜を軽く上下に動かします。その後、穴に水を入れ、水が引いた後に残りの土を入れます。風で倒れたり、揺れて根が痛まないよう支柱で固定します。

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©吉野山保勝会

植樹した後も細やかにケアします。下草や病害虫の除去、追肥も必要です。最近ではシカの害が多くなってきているといいます。この日も柵で囲った苗木の脇で真新しいシカの糞を見つけました。(手前の黒いもの)

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シロヤマザクラを種から育てて植樹する活動は昭和22(1947)年から行っているそうです。70年以上に渡って息の長い活動が続けられているわけです。これまでどれほどの桜を植樹したのか福井理事長に尋ねると「吉野桜は3万本と一般によくいわれますが、それ以上の数を植えたでしょうね」と笑っていました。

吉野桜の母樹に会いに行く

母樹は事務所から15分ほど南の「五郎平茶屋跡」という公園にあると教えて頂きました。中千本と呼ばれる地区です。

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ちなみに吉野山の桜は古くから固有種のシロヤマザクラという山桜で、ソメイヨシノではありません。赤みを帯びた葉っぱを付けた後に花を咲かせるといいます。それもあって吉野独特の色彩空間を作り出すのかもしれません。

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五郎平茶屋跡の公園に出ると、小学生たちがちょうどお昼のお弁当を広げようとしているところでした。南隣りの川上村の小学生たちの遠足だといいます。

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ちょうど子どもたちがいる、その上の木が母樹のひとつです。札をつけたり、柵で囲ったりしているわけではありません。自然のままのふつうの木です。

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この茶屋跡の公園には、母樹2本、そしてその予備の木があるのだそうです。
桜の枝先をよく見てみると、実をつけていました。新しい命の芽生えです。

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5月半ばから6月にかけて桜の実が赤くなって落ちます。その実を拾い集めて手間をかけて桜を育て、また新しい命を繋いでいくことになるのです。

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可愛らしい桜の実を見つけて、なぜだか嬉しい気持ちになりました。

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1300年もの昔から受け継がれてきた吉野の桜。吉野では桜の保存活動も広がって町や学校だけでなく、いまでは企業や新たなボランティア団体も様々な取り組みを行っているそうです。
子どもたちの楽しげな笑い声が新緑の山にこだましているように聞こえました。

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©吉野山観光協会

金峯山寺
奈良県吉野郡吉野町大字吉野山2498
近鉄吉野(奈良県)駅から徒歩約26分

吉野山保勝会
http://www.hoshoukai.yoshino.jp/index.html
奈良県吉野郡吉野町吉野山2430
Tel:0746-32-1877(平日午前9時~午後4時)
吉野桜の支援をお考えの方は吉野山保勝会に問合せください。
e-mail:hoshoukai@cap.ocn.ne.jp

1本の木に会いに行くシリーズ、1〜4もぜひご一読ください。


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