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1本の木に会いに行く(9)700年もの間 家族を見守るカヤの木

何気なく通り過ぎる街なかの、あるいはお寺や神社、山道での1本の木。誰も注意を向けることはありません。関心をむけられないからこそ1本の木は現代の秘境です。その秘境に分け入り、観察し、ふと振り返ると人と自然のかかわりや地域の歴史や文化が見えてきます。今回は700年もの間、宮城県の山あいでひとつの家族を見守り続けてきた「武道ヶ崎のカヤ」と呼ばれる1本の木に会いに行きました。
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「武道ヶ崎のカヤ」を探して
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「武道ヶ崎のカヤ」は樹齢700年にもなる長寿の木で登米市の天然記念物に指定されています。しかし、さほど有名な木ではありません。お寺や神社、あるいは公共の場所にあったならもっと注目されていたのかもしれません。

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場所も分かりにくいのです。宮城県北東部、登米市の田んぼと丘陵が広がる地域です。さらにその奥にあるらしいのです。農道を走り、丘陵地帯を超え、狭くうねる道を走り、ようやく玄関先までたどり着きました。

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衣川(ころもがわ)さんという方のご自宅の裏山に、その木があるといいます。下の写真の左側、母屋の向こうに見えるのが「武道ヶ崎のカヤ」です。

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事前に電話で見学させていただく連絡をしていました。到着後に玄関であいさつを済ませて、裏山に回ってみました。

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たぶん衣川さんの家族以外は、ほとんど誰も近寄ることもない、自然のまま成長したような木です。周囲には竹林がありますが、所かまわず枝が四方八方に伸びて、元気に成長しているようすがうかがえます。

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根元は斜面にあるためか上の部分が露出して、まるでタコやイカの足のように見えます。そして幹にはしめ縄が飾られていました。ご神木です。じつはここからがこのカヤの木の物語。衣川さん一族にとっては大切なご神木なのです。

衣川一族のはるかな歴史
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ご主人の衣川喜仁(ころもがわ・よしじ)さん。衣川家20代目の当主です。喜仁さんによれば、衣川家の祖先は900年前、奥州藤原家の拠点のひとつ、衣川(岩手県平泉町)で源頼朝軍に破れてこの地に逃れた藤原家の落武者だったといいます。

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立派なお屋敷。戦前は7町歩を有した大地主だったそうで、もともとの姓は藤原といいます。衣川(岩手県平泉町)にいたことから、後に衣川という姓に変えたのでしょうか。たしかに東北の歴史に1189年の「衣川の戦い」が出てきます。源義経が追い詰められ自害した戦いです。その後奥州藤原家は頼朝によって滅ぼされます。その前後に衣川家の祖先は逃げ延びたのでしょう。

東京の大宮八幡宮と武道ヶ崎のカヤの木
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そもそも興味を覚えたのは、このシリーズの1回目に東京・杉並にある大宮八幡宮の「共生の木」を紹介しましたが、その大宮八幡宮と対を成しているように思えたのです。大宮八幡宮が陽なら、武道ヶ崎は陰とでもいった具合。

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大宮八幡宮は、河内源氏2代目棟梁だった源頼義が奥州を鎮圧した、いわば戦勝記念で建てられました。そして子孫の頼朝が鎌倉幕府を打ち立てます。と同時に奥州藤原家は頼朝によって滅ぼされますが、衣川さんの祖先も戦に負け落ち延びました。勝った者と負けた者。古い時代から今に至るまで東北はつねに中央政権によって虐げられてきたような印象があります。

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そしてもうひとつ、不思議な縁を感じたのは、両者ともカヤの木が関わっているということです。大宮八幡宮には「共生(ともいき)の木」がありました。カヤの木に、イヌザクラの木が共生している木です。

子孫を見守り続けるカヤの木
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衣川家のカヤの木は推定で樹齢700年といいます。この地に逃れてきた何代目かが家の裏山に植え付けたに違いありません。かつてカヤの木は、実が食用にもなり、水や湿気にも強く、虫よけにもなり様々な用途に使えることで重宝される木だったそうです。子孫たちが困らないように祖先の誰かが植えたのでしょうか。

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住所となっている「武道ヶ崎」ももとは衣川家の屋号だそうで、「武道」も武士だったことを暗示しているような気がします。

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そしてもうひとつ、じつは喜仁さんは、宮城県では有名人なのです。自宅には田んぼがあり家業は農業ですが、なんと民謡歌手としてCDを出したり舞台に立ったり、学校や地域でも民謡の指導をする有名人なのだそうです。たまたま民謡が好きだったからとおっしゃいますが。

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ともかく、カヤの木はどっしりと構えて静かに佇んでいます。番犬のラッキーとともに、この家を静かに見守っているような気がしました。

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さきほど勝った者と負けた者、と書きました。とはいえ勝った源氏はたちまちのうちに滅び、負けた衣川家は900年後も生きているのです。それも不思議な縁を感じさせます。

武道ヶ崎のカヤ(登米市指定天然記念物)
住所:宮城県登米市米山町善王寺武道ケ崎92-2
カヤの木は衣川家の敷地内の裏山にあるので、見に行くときは衣川さん宅に一声かけてください。

[All photos by Masato Abe]

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