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福島の「赤べこ」は最高の守り神!?丑年の2021年、コロナ禍で注目される理由

2021年(令和3年)は丑(うし)年です。そのせいでしょうか、牛にまつわるアイテムが注目を浴びていて、そのひとつに「赤べこ」があります。日本人なら誰もが知るアイテムだと思いますが、どうして赤く、どうして牛なのでしょうか?今回はその素朴な疑問を探ってみました。新型コロナウイルス感染症の新たな波の影響が騒がれる2021年、一家にひとつ置いたほうが良さそうということもわかりましたので、ぜひとも読んでみてくださいね。
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「赤べこ」とは赤い牛
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赤べこと言ったら、赤色の牛の形をした、ユーモラスな動きを見せる張り子を思い浮かべると思います。試しに『広辞苑』(岩波書店)で調べると、
<「べこ」は東北地方で牛の意>(『広辞苑』より引用)
と書かれています。赤べことは「赤い牛」を意味するのですね。ほかには、
<会津若松の郷土玩具。赤く塗った張子(はりこ)の首振り牛。赤牛>(『広辞苑』より引用)
とも書かれています。会津若松は福島県の内陸部の自治体ですから、言い換えれば福島の郷土玩具だとも考えられます。

言われてみると、赤べこ=東北、福島という印象もあります。では、どうして赤べこは東北で生まれ、牛でありながら赤い色をしているのでしょうか?

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只見川と圓蔵寺。赤べこの発祥の地といわれる

この点については、福島県の柳津町にある只見川沿いの圓蔵寺に伝わる伝説が、関係しているようです。

会津若松市や喜多方市の西側、新潟県との県境にも近い、奥会津の山深いエリアにある柳津町には、圓蔵寺というお寺があります。本堂(本尊を安置する建物、他の宗派では金堂や仏殿などとも)に、広大無辺の福徳と知恵を持つ虚空蔵(こくうぞう)菩薩、正式には福満虚空蔵尊を安置するお寺としても知られています。

この本堂の建立と再建の際に、赤い牛が現れ、木材(あるいは材木)の運搬に一役買ったという言い伝えが地元にはあります。このエピソードが、赤べこのそもそもの始まりなのだとか。

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柳津虚空蔵尊圓蔵寺

807年、まだ時は平安時代です。偉い僧侶(徳一大師)が柳津に現れ、本堂を建立しようと計画しました。その工事の際、重い資材の運搬を手伝う赤い牛が現れ、本堂の完成前夜には石になって、お寺の守り神になったという話があります。

実際には石のように硬くなって、死んでしまったという意味なのでしょうか。住民は赤べこを供養するために、張り子の牛をつくりました。

張り子とは木型をつくって、その上に紙を重ねて張り付け、乾いてから中の木型だけを取り除いてつくった飾り物です。その牛の張り子が現在の赤べこのルーツだという話が、由来として伝わっているのですね。
地元では赤毛の牛(赤べこ)が忍耐と力強さの象徴
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別の伝承でも、圓蔵寺が出てきます。時は下って、関ケ原の戦いからそれほど年が経っていない1611年、江戸時代が始まって間もないころに、会津地方で大地震が起きました。柳津町にある民家や圓蔵寺の本堂(虚空蔵堂)が倒壊します。圓蔵寺の周辺は門前町が栄えており、それらの家々も含めて被災しました。

それでも震災後には、只見川沿いで暮らしを営む住民からの寄進を受けて、地域の信仰のよりどころである本堂の再建がスタートします。

その際、度重なる只見川の水害に悩まされてきたからかもしれません、本堂を巌上(がんじょう)、わかりやすく言えば高く突き出した巨大な岩の上につくろうとしました。地形的には、只見川がつくる河岸段丘でしょうか。現在の圓蔵寺の本堂がある場所です。

この再建の際、本堂をつくるにあたって必要な木材(材木かもしれませんが)が只見川を使って、圓蔵寺の近くに運び込まれました。ただ、高く突き出した巨大な岩の上に本堂をつくろうとしたため、木材を川岸から移動させる作業が必要となります。

関係者が困っていると、どこからか赤毛の牛が現れ、材木を岩の上に引っ張り上げる作業を手伝ってくれたといいます。そのときの様子は、会津民俗館の語り部の表現を借りると、
<その赤ベコは体がお~きくてな、大きな材木を引っ張って坂道を上って最後まで一生懸命働いたんだど>(産経新聞より引用)
といった状況だったのかもしれません。

奥会津に限らず、今でも地方に暮らす高齢の人に聞けばわかる通り、第二次世界大戦前くらいまでには牛や馬などの家畜は、日本人の暮らしに近い存在でした。

工事現場に不意に牛が現れる、江戸時代のころの感覚で言えば、それほど荒唐無稽(むけい)なストーリーではないのかもしれません。しかし、その大きく立派な赤毛の牛も、本堂の工事が無事に進むと、自然と姿を消してしまいました。

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この一件によって、地元では赤毛の牛(赤べこ)が忍耐と力強さの象徴として、あがめたてまつられるようになったといいます。

その思想が、関ヶ原合戦の前くらいに柳津に伝わっていた張り子づくりの技術と結び付いて、赤べこという郷土玩具を生んだといわれているのですね。
べこ(牛)の張り子を持っている子どもは天然痘になりにくい?
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後に赤べこには、お守りとしての意味も与えられるようになります。圓蔵寺の本堂が再建された時期は江戸時代。日本の江戸時代は、30年に一度のペースで、全国各地に天然痘が流行していた時代でもあるといいます。

天然痘は、「痘瘡(とうそう)」とも呼ばれます。痘瘡ウイルスが引き起こす感染症で、高熱、悪寒、頭痛、腹痛があり、熱が下がった後は顔面に発疹(ほっしん)が出て、治ってもあばたが残ります。1980年にWHO(世界保健機関)が絶滅宣言を出していますが、子どもが罹患(りかん)しやすい病気で、死亡率も高く、人口にも影響を与えるくらいの猛威を振るったのだとか。

江戸時代の親たちは、当然、わが子を心配しました。その背景において、会津ではべこ(牛)の張り子を持っている子どもが、天然痘になりにくいといわれるようになります。当然、親心としてはそのうわさに飛び付き、わが子に赤べこを持たせるようになります。その結果、次第に赤べこがお守りの役割も果たすようになっていくのですね。

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圓蔵寺にある赤べこ

また、江戸時代には、病気を引き起こす疱瘡(ほうそう)神(天然痘を擬神化した悪神)が、赤を好むと信じられていました。疱瘡神は、拝むと見逃してくれたり、天然痘になっても病状を軽く済ませてくれたりすると考えられていたそう。

そこで、赤色の赤べこで悪神をもてなし、病人の身代わりになってもらう風習が生まれました。さらに、牛の体に黒い丸を描き、子どもが天然痘にならないように、親たちは願いを込めるようになります。だから、赤べこの体には、黒い斑点があるのですね。

以上のような歴史が、子どもの守り神であり、郷土玩具でもある現在の赤べこにつながっています。

まさに新型コロナウイルス感染症の新しい波の影響で世間が騒がしい、丑年の2021年です。これ以上ない守り神として、一家にひとつ、買い求めてみてもいいかもしれませんね。

 

[参考]
※ 赤ベコ(福島・会津地方) – 産経ニュース
※ 福満虚空蔵 円蔵寺 – JAPAN WEB MAGAZINE
※ 福島県の湧水シリーズ 福島県の湧水 柳津町の湧水を訪ねて・・・「弘法大師の大清水」 – 新協地水株式会社
※ 丑寅まつりとは -丑寅まつり実行委員会
※ 「赤べこ」に疫病退散願う あかりの鹿児資料館で企画展 – 神戸新聞
※ 復興シンボル「福島・会津赤べこ」 東京オリパラに希望つなぐ不屈の精神 – What's Up Japan
※ 天然痘、結核…。人類を苦しめたかつての「不治の病」は、いかに克服されたのか? – 人生100年の歩き方

[All photos by 福島県観光復興推進委員会]


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