患者と医師、共同で治療方針決定
注目される「シェアード・ディシジョン・メイキング」

 医療の進歩により日本人の平均寿命は徐々に伸び、男性81.05歳、女性は87.09歳に達している。「人生100年」時代、避けられない病気に罹患した際にも、病気と向き合い、健康的で幸せに年齢を重ねる「ヘルシーエイジング」が、ますます重要になってくる。病気によっては長期間にわたって付き合っていかないといけないものもあり、自分のライフスタイルに合った納得のいく治療を受けることが重要となる。特に女性より健康寿命が短い男性のヘルシーエイジング実現には、男性が罹患するがんのなかで罹患率1位である前立腺がんにおいて、自分に合った納得のいく治療法を選択することが欠かせない。前立腺がん治療の専門家である大阪大学医学部附属病院 泌尿器科 科長 野々村祝夫先生に、さまざまな治療法とともに、患者と医師が十分に話し合って治療方針を決める考え方として医療界で最近よく耳にする「シェアード・ディシジョン・メイキング」について聞いた。

野々村祝夫先生
野々村祝夫先生

 

 ■早期発見、治療で根治も

Q 前立腺がんの特徴を教えてください。

A 日本人男性がかかるがんの第1位で、約9人に1人の男性が一生のうちにかかると推定されています。加齢が影響する病気であり、特に60代以上で急増しています。リスク要因として指摘されているのは、食生活の欧米化や遺伝的素因など。診断技術の進歩で、これまでは見つからなかったがんが見つかるようになったという要素もあるでしょう。比較的ゆっくり進行し予後が良い場合も多いため、早期に発見され治療を受ければ根治できるがんと言えます。

 

男性の部位別のがん罹患数(全国がん登録罹患データより)
男性の部位別のがん罹患数(全国がん登録罹患データより)
前立腺がんの年齢階層別罹患率(全国がん登録罹患データより)
前立腺がんの年齢階層別罹患率(全国がん登録罹患データより)

 

■治療には複数の選択肢が

Q 治療法は?

A 手術、放射線治療、ホルモン療法、化学療法などがあります。手術では前立腺と精のうを取り除き、周囲のリンパ節を摘出することもあります。手法としては開腹手術、腹腔鏡下手術、ロボット支援下手術があります。このうちロボット支援下手術は、出血量が圧倒的に少なく、鮮明な3D映像を見ながら繊細な動きを機械に反映させることができる利点があります。

 

Q 放射線治療について教えてください。

A 放射線を体外から前立腺に当てる外照射と、放射線を出す小さな金属を前立腺に埋め込む組織内照射(小線源治療)があります。小線源治療はそれほど進行しておらず悪性度の低いがんが対象です。外照射と小線源治療を組み合わせる場合もあります。外照射は以前、月曜から金曜まで5日間、それを6~7週間行っていましたが、最近は1回当たりの放射線照射量を増やし、治療期間を1~2週間と短くする傾向にあります。

 

Q ホルモン療法とはどういったものでしょうか?

A 他の臓器に転移していて手術や放射線治療が難しい患者さんは、ホルモン療法が第一選択になります。がんの成長に必要な男性ホルモン「アンドロゲン」の分泌や働きを注射薬や飲み薬で抑え、がん細胞の増殖を抑制するものです。放射線治療の前後などにも行われます。手術をすれば根治が期待できる患者さんでも、80歳を超えていれば体への負担を考慮してホルモン療法のみ、というケースもあります。

 

Q 化学療法は抗がん剤を使った治療ですね。

A そうですね、一般的には転移がありホルモン療法の効果がなくなった患者さん、つまりかなり進行した患者さんが対象になります。主な抗がん剤はドセタキセル、カバジタキセルです。このほか、がんの悪性度やステージによっては積極的治療の必要がない人もおり、前立腺がんのマーカーであるPSAの値を見ながら経過を観察する「待機療法」「監視療法」も普及しています。

■納得のいく治療を

Q 患者さんにはどのような治療を勧めていますか?

A 前立腺がんに限らず、いろいろな治療薬や治療法が出てきていますが、治療効果が高いことが患者さんにとって必ずしも最良とは限りません。例えば早期の前立腺がんの場合、手術も放射線治療も予後はほぼ変わりませんが、後遺症や副作用は大きく異なります。手術は尿失禁、放射線療法は頻尿や大腸炎といった副作用がある場合があります。患者さんの希望も「効果が高い」「入院しなくてよい」「痛みが少ない」「生活へ影響が少ない」など、さまざまです。年齢、合併症、仕事、家族の中での優先順位を考え、患者さんにそれぞれの治療法の特性をよく説明して選んでもらうことになります。

 

Q 治療法を選択する上で重要なことは何ですか?

A 患者さんが治療において重視したい事を医師に伝え、医師が治療法や副作用などの情報を患者さんに提供し、双方が協力して納得のいく治療方針などを決めるシェアード・ディシジョン・メイキングというか考えかたが重要です。治療方針は患者さん自身が決めることであり、その際に医師は治療法の特性をきちんと伝えないといけないという考え方が根底にあります。日本語では「共同意思決定」「共有意思決定」などと訳されます。この患者さんと医師が一緒に決めていくというコンセプトは、私が大学病院で診療し始めたころからあったと思います。患者さんには「患者さんとわれわれとで相談しながら決めましょう」と簡単な言葉でお話ししています。

 

シェアード・ディシジョン・メイキングの流れ (Striggelbout AM,et al.Patient Education and Counseling 98(2015)1172-1179)より
シェアード・ディシジョン・メイキングの流れ
(Striggelbout AM,et al.Patient Education and Counseling 98(2015)1172-1179)より

 

Q インフォームドコンセントやセカンドオピニオンは、最初は難しい言葉という印象でしたが定着しました。
シェアード・ディシジョン・メイキングも考え方とともに浸透するといいですね。

A そうですね。メタボリックシンドロームが「メタボ」と短縮されて広まったように、シェアード・ディシジョン・メイキングも略語ができると普及しやすいと思います。前立腺がんは長く付き合っていく病気であり、どう向き合っていくかが、患者さんの人生を豊かするために大切になります。患者さんもどのように治療を進めるのが一番良いのか分からず、不安が尽きないと思います。不安を少しでも解消していくためにも、患者さんにとって一番大切なことは何か、そのためにはどんな治療法を選ぶのが良いか、患者さんと医師がしっかり話し合って治療方針を決めるシェアード・ディシジョン・メイキングが特に重要だと考えます。

 

Q 患者さんに情報提供する際に心がけていることはありますか?

A なるべく分かりやすい言葉を使う。それが一番です。また、しんどいイメージが強い化学療法については、今は基本的には3週間に1回の外来通院ででき、長く入院して何カ月も行う治療ではない、と説明しています。

 

■治療方針の決定とPSA検診

Q 治療方針はすぐ決定するのでしょうか?

A 1回の外来で決まることはまずありません。1週間あけて2回、3回と来ていただいて決めることが多いです。患者さんが、医師を前にすると思っていることが言えなくなる、家で話されたことと違う内容をお話しされるというケースも多くみられるため、私はいつも、「ご家族の方と一緒に来てください」と言っています。ご家族から得られる情報も多いです。患者さんの中には、どうしても自分で治療方針を決めることができず、「先生、決めてください」とおっしゃられる方もいらっしゃいます。その場合は「私の父親が同じ状況、症状であれば、この治療法を選択します」と治療法について助言させていただくようにしています。何回か来てもらうので治療方針を決定するまで少し時間はかかりますが、患者さんには、納得いく治療方針を選択いただいています。

 

Q 前立腺がんでの死亡者数は、どうすれば減らせるでしょう。

A 死亡者数減少に一番貢献できるのは、前立腺がんを早期に発見できるPSA検査の実施件数を増やすことです。前立腺がんは早期診断できれば根治が十分に可能です。しかし、前立腺がんと診断された段階で既に転移しているケースが欧米に比べて高く、阪大病院に来る患者さんの2~3割を占めています。これは残念なことに受診率が10%程度と極めて低く、検診が普及していない事が原因です。早期診断、早期治療することで、その後の治療は不要になり、医療費も少なくなります。日本泌尿器科学会の元理事長としても、PSA検診を日本全体に普及させたいと考えています。

◆動画公開◆

野々村先生と前立腺がんを罹患された患者さんが対談した動画を バイエル薬品YoutuTube  で公開中。患者さんは手術、放射線治療を経て、現在はホルモン療法を受けており、治療法を選択した際に抱かれていた不安や医師と話し合ったことなど、自らの体験に基づいてお話しいただいている。

野々村教授カオ

野々村祝夫(ののむら・のりお)略歴

1986年 3⽉         大阪大学医学部 卒業

1986年 4⽉         大阪大学医学系研究科博士課程 入学

1986年 4⽉         大阪大学泌尿器科学教室 入局

1990年 3⽉         大阪大学医学系研究科博士課程 修了

1990年 4⽉         東大阪市立中央病院泌尿器科 医員

1991年 11⽉       米国国立衛生研究所(National Institutes of Health) 留学

1994年 1⽉         大阪大学泌尿器科 助手

1998年 8⽉         大阪大学泌尿器科 講師

2005年 2⽉         大阪大学泌尿器科 助教授

2007年 4⽉         大阪大学泌尿器科 准教授

2010年 10⽉       大阪大学泌尿器科 教授

2017年 4⽉         大阪大学医学部 研究科長補佐(2019 年 3 ⽉まで)

2018年 4⽉         大阪大学医学部附属病院長補佐(兼任)

2018年 10⽉       がんゲノム医療センター長

2019年 8⽉         大阪大学 財務オフィス委員

2019年 8⽉         大阪大学 総長補佐

2020年 4⽉         大阪大学医学部附属病院 副院長

 

所属学会

⽇本泌尿器科学会(理事、専⾨医、指導医)、⽇本癌学会(評議員)、⽇本癌治療学会(理事)、⽇本性機能学会(理事)、⽇本内分泌学会(評議員)、⽇本内分泌外科学会(理事)、⽇本アンドロロジー学会(理事)、アメリカ癌学会(AACR)、アメリカ泌尿器科学会(AUA)、アメリカ基礎泌尿器科学会(SBUR)、ヨーロッパ泌尿器科学会(EAU)、国際泌尿器科学会(SIU)、⽇本泌尿器腫瘍学会(理事⻑)、⽇本臨床腫瘍学会(暫定指導医)、⽇本泌尿器内視鏡学会(腹腔鏡認定医)、⽇本臨床腎移植学会(腎移植認定医)、⽇本内分泌外科学会(内分泌‧甲状腺外科専⾨医)、⽇本がん治療認定医機構(理事、暫定教育医、がん治療認定医)、⼤阪腎バンク(理事)、⼤阪腎泌尿器疾患研究財団(理事)、ロボット⼿術プロクター(前⽴腺癌、腎癌)

CFNo.:PP-NUB-JP-1326-15-12