『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』(9月11日公開)

ニューヨークの貧しい家庭に生まれたアフリカ系アメリカ人のアレン・ネルソン(ロドニー・ヒックス)は、貧困と差別から抜け出すため18歳で海兵隊に入隊する。1966年、ベトナム戦争の最前線へ送られ、そこで強いられたのは“敵”を殺すことだった。
23歳で帰国しても戦争は終わらなかった。大きな音や暗闇におびえ、家族との関係も崩れ、やがてホームレスになる。ネルソンを待っていたのは、過去の記憶にさいなまれる日々だった。
本作が興味深いのは、ネルソンを単純な「戦争の被害者」として描いていないことだ。彼は戦争によって傷つけられた人間であると同時に、戦場で人を殺した側でもある。その二つが切り離せないところに、戦争の恐ろしさがある。
塚本晋也監督は、ベトナム戦争に従軍した兵士の体験を基に、「人を殺した者は、その後をどう生きるのか」という問いに向き合う。『野火』(14)でも戦場で人間性を失っていく兵士を描いたが、本作では戦争が終わった後まで続く苦しみに焦点を当てた。
70~80年代のアメリカ映画には、『タクシードライバー』(76)『ディア・ハンター』(78)『地獄の黙示録』(79)『ランボー』(82)『プラトーン』(86)『フルメタル・ジャケット』(87)『7月4日に生まれて』(89)など、ベトナム戦争を題材にした作品が相次いだ。戦場そのものだけでなく、帰還兵のPTSD(心的外傷後ストレス障害)や社会への不適応、戦争が人間に残す傷も描かれてきた。
しかし、戦争から半世紀以上が過ぎた現在、ベトナム戦争はかつてほどアメリカ映画の中心的な題材ではない。そんな時代に、日本人監督がこの戦争と向き合ったことには意味がある。
ベトナム戦争の当事者ではない塚本監督だからこそ、ネルソンを英雄にも単純な犠牲者にもせず、「あなたは人を殺しましたか?」という問いを真正面から投げかけることができたとも考えられる。
そして今、この映画を見ると、ウクライナやパレスチナ、イランで続く戦争を思わずにはいられない。戦場で銃を持ち、人を殺す兵士たちは、戦争が終わった後、その記憶を背負って生きていかなければならない。本作の問いは、ベトナム戦争という過去の出来事に限らないのだ。
ネルソンの人生に変化が訪れるのは、自らの戦争体験を人前で語り始めてから。退役軍人病院でダニエルズ医師(ジェフリー・ラッシュ)のカウンセリングを受け、過去を言葉にしながら自分自身と向き合っていく。
ただし、人を殺したという事実が消えるわけではない。過去を語ることは、罪や傷を帳消しにするためではなく、その記憶とともに生きるための一歩として描かれている。
子どもの頃、ベトナム戦争を遠い外国の出来事として見ていたであろう塚本監督が、半世紀以上を経て、その戦争で人を殺した兵士の心の奥に分け入った。そのこと自体に深い感慨を覚える。
本作のタイトルは、ネルソン一人に向けられた問いではない。戦争を遠くから眺める私たちもまた、その問いから逃れることはできない。
ベトナムからウクライナ、パレスチナ、イランへ。戦争の場所が変わっても、「人を殺すとはどういうことなのか。そして、その後を人はどう生きるのか」という問いは消えないのである。
(田中雄二)







