カルチャー

【輪島だからこそ、できること】(中) ここで生まれた“唯一無二”の一品

この地だから、つくることができる <ラポール デュ パン>

 「ホットケーキを作る時の牛乳、卵、ミックス粉を混ぜた液体、焼いている途中の生地、なめたことあります?あの味を出したい、と思った」。輪島市のブーランジュリー「ラポール デュ パン」が震災後も変わらず焼き続ける人気商品、クロワッサンのおいしさの秘密を聞くと、オーナーの鹿島芳朗さんから意外な言葉が。

ラポール デュ パンの鹿島芳朗さん(左)と美江さん夫妻。「ラポール」はフランス語で架け橋の意味。「名前のように、たくさんの架け橋ができてきた」と芳朗さん

▽舘ひろしさんも大ファンのクロワッサン

 「クロワッサンってパラパラと生地がパイみたいに落ちるとか、軽くて、バターの香りが鼻から抜けるとか、一般的にコメントされるけど、それだと僕は食べた気がしなくて」。確かに、ラポール デュ パンのクロワッサンは、むっちり、ずっしり。生地は、水は使わず牛乳を増やし、生クリームの代わりにバターをたっぷり。さらに、中の層を18層(普通は36層ほど)にして1層を厚く、「水分を残して半生風に焼き上げる」。出来上がりは、牛乳とバターの味わいが濃厚な、リッチなクロワッサン。俳優の舘ひろしさんも、震災前年の2023年に映画ロケで輪島を訪れて以来の大ファンであることを、公言している。

 鹿島さんは大阪で修行後、出身地の輪島でラポール デュ パンを開き、妻の美江さん、両親らと家族で経営。2年8カ月前の被災直後は「電気も水も来ず、もうパンは作れない」と失意の底にいた。空白を経て踏み出せたのは、輪島を気にかけてくれた多くの人の支えがあったからだと話す。

むっちり、ずっしり。牛乳とバターたっぷりの濃厚な味わいのクロワッサン

 店内には今、ハード系やスイーツ系を含め、震災前と変わらない品数のパンが並ぶ。お使いで食パンを買う子ども、腹ごしらえにくるトラック運転手、常連のお母さん――。時間をかけて取り戻されつつある輪島の日常。

 「人間は強い。つらいことがあって多くの人から恩を受けた。余分なものがそぎ落とされ、感じられる幸福度が上がっているかもしれないと思うことも」(芳朗さん)、「目に見えない何かが動いている気がする」(美江さん)。

 店のコンセプトは「日常の中の非日常」。幸せな非日常を届けるパンを、これからも輪島で生み出す。「別の場所で同じ方法で作っても、同じものは焼けない。空が広くて山があり、海にお日さまが上り沈むところが見える、この空気の中だからできるのかな」

能登半島地震の後、手を差し伸べてくれた人がいる熊本が今年7月に震災に見舞われた。復興を願い設置した募金箱に、店を訪れる多くの人が志を投じてくれる

 懐かしくて、忘れられなくて、強くもある味わいのホットケーキミックス。その記憶をたどって生まれたクロワッサンをかみしめる時にも、輪島の美しい風景が見える気がする。