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木戸大聖「悲しいと思っていてもそれを表情に出せないのが難しかったです」『沖晴くんの涙を殺して』【インタビュー】

 余命1年の音楽教師・京香(広瀬アリス)と、喜び以外の感情を失った高校生・沖晴が織りなす、切なくも温かい感動の人生賛歌『沖晴くんの涙を殺して』が10月2日から全国公開される。本作で、訳あり高校生の沖晴を演じた木戸大聖に話を聞いた。

木戸大聖【Photo:Shibuya Takaharu/Hair and Make-up:Hayami Akihito/Stylist:Tomida Ayato(White Co. )】

-沖晴のキャラクターをどう捉えて演じましたか。

 沖晴は、ネガティブな感情にふたをしているところがあります。だから、喜びという感情だけで自分を表現する。その瞬間に起こる出来事に対して、喜びの感情しか浮かばないことを考えると、ある意味、すごく敏感で、今を楽しんでいるというのは最初に脚本を読んだ時に感じました。また、広瀬(アリス)さん演じる京香と話すだけでその時間が楽しく思える。むしろそれしか感じられない青年なのかなと考えて現場に行きました。

-喜び以外の感情をなくした沖晴を演じるのは大変だったのでは。

 沖晴は、悲しい話をしていても顔は笑っている。それを見た人はかえってつらく感じるみたいなところがこの映画の狙いだったのかもしれません。映画では、沖晴は感情が欠落したのではなくて、奪われたという表現になっていますが、僕の中ではふたをされているという感覚でした。だから、閉まっていふたがぱっと開くというよりは、京香と話すことによって、少しずつふたがずれていくような、そんなニュアンスが伝わったらいいと思いました。

-演じる上で難しかったことは。

 順撮りではなかったので、この瞬間の沖晴はどの感情を取り戻したのかを整理するのがとても大変でした。監督とも、例えば沖晴が何かの感情を取り戻したら、その要素をどれぐらい入れるのかを話し合いました。また、過去の震災や津波の話をする時に、悲しみを入れ過ぎてしまうと、その感情を取り戻しているかのように思われてしまうので、家族や津波のことを京香に話す時は苦労しました。悲しいと思っていてもそれを表情に出せないのが難しかったです。

-自分と似ていると思ったところはありましたか。

 喜びしか感情がないというのは、普通はないことなので、自分と似ているところを探すのは難しかったです。でも、自分もあまり計画的なタイプではないし、その瞬間に起こることやハプニングを楽しもうとする方なので、今、この瞬間をどう生きるか、どう楽しむかを考えているという意味では沖晴と似ているのかなと思います。

-29歳で高校生を演じたわけですが…。

 合唱のシーンで、現地のエキストラの方たちが来てくださったんですけど、“リアル高校生”だったので、さすがに自分がそこに混ざっていいのかなと思いました。やっぱり10代の方たちは、体の線が細かったり、骨格や筋肉のつき方も自分とは違うので、一緒に並ぶのが申し訳ないなと思っていました。

-『ゆきてかへらぬ』は癖の強い中原中也、今回は純情な高校生。演じ分けはどのように。

 中也に関してはモデルがあったので、それを追いかける感じでしたけど、今回は原作があって、自分がやるものが実写の沖晴になるんだと思うと、伸び伸びとやれた部分があったので、モチベーションが違いました。似ている部分を考えると、『ゆきてかへらぬ』は根岸吉太郎さん、今回は矢崎仁司さんという、レジェンド監督とご一緒できたことでしょうか。どちらも演出の方法は違うので、委ねていました。だから、矢崎さんがそういうふうに演出してくださるのなら伸び伸びやろう、中也が大好きな根岸さんに対してはそれに応えようと。それが結果的に自分の役に輪郭を作ってもらったというか、役が作られていく感覚でした。