社会

「バラが犯罪になる国で生きる」 弾圧続くミャンマー 【リアルワールド✕舟越美夏】

 ミャンマーの最大都市ヤンゴンは6月19日、一層の厳戒態勢にあった。銃を携えた兵士らが神経を尖らせる対象は、デモ隊ではない。深紅のバラだ。

 この日は民主化運動指導者、アウンサンスーチー氏の81歳の誕生日。2021年2月の軍事クーデター直後に拘束された彼女の消息は明らかではない。親軍政権は今年4月、首都ネピドーの軍刑務所から「住居での軟禁に移行した」と発表したが、真偽は分からない。氏の次男は「亡くなっている可能性すら否定できない」と危機感を募らせている。

 赤いバラは、公の場で生花を髪に差していたアウンサンスーチー氏への祈りと、抵抗の意志を象徴している。誕生日に赤いバラを身につけるよう民主派が呼び掛けた3年前、百人以上の女性が逮捕され、道端の花売りさえ拘束された。

 今年は、多くの人がソーシャルメディアなどに赤いバラの写真を投稿した。ヤンゴン市内では、誕生日前日から警察や軍の車両が街を巡回し、バラを買う人、売る人を監視した。

 ヤンゴンに住むコーソーは、19日朝から緊張が漂う街を歩き、バラを探した。抗議活動拠点だった市中心部には、多数の兵士が配置されていた。

 街のシンボルでもある市庁舎前の公園に辿り着くと、民族衣装のロンジーに白いブラウスを合わせた女性がひとり、歩いているのが目に入った。後ろ姿にハッとした。まとめた髪に赤いバラを差している。

 女性は近くにいた人にスマートフォンを渡し、市庁舎を背にして自分の撮影を頼んでいる。20代のようだ。その後、ゆっくりと歩いて噴水近くのベンチに腰を下ろした。

 なんという勇気だろうか。そのバラはスーお母さん(アウンサンスーチー氏)への祈りですか。コーソーは心の中で尋ねた。

 突然、平服の男たちと2人の武装警察官が女性に近づいた。彼女を囲み、連行していく。「職業は?」「なぜバラを髪に差しているのか?」。コーソーの近くを通り過ぎる時に、詰問する声が聞こえた。

 警官たちは公園のフェンスの陰で女性のスマートフォンをチェックしている。数分後、警察車両に女性を押し込み、車は走り去った。

 女性は最大2年の禁錮刑に処される可能性がある。スマートフォンに民主化勢力のウェブサイトをフォローする履歴などがあったとしたら、さらに重罪に処されるだろう。「僕たちは、バラが犯罪になる国で生きている」とコーソーは言った。

 「武装した男たちが、バラを持つ女性を怖がるなんて」。コーソーの友人の女性が憤った。50代の彼女は、オンライン上でバラを捧げ、豆やパンを寺院に供えて、ひそかにアウンサンスーチー氏の健康を祈った。「スーお母さんは必ず戻ってくる。そう信じている」。

 この日、国内各地で花屋やバラを身につけた人が拘束された。しかし弾圧にもかかわらず市民の抵抗の意志が弱まらない。バラへの恐怖はこのことを浮き彫りにしている。世界の注目の陰で、抵抗の意志は静かに燃え続けている。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.29からの転載】

舟越美夏(ふなこし・みか) 1989年上智大学ロシア語学科卒。元共同通信社記者。アジアや旧ソ連、アフリカ、中東などを舞台に、紛争の犠牲者のほか、加害者や傍観者にも焦点を当てた記事を書いている。