カルチャー

【輪島だからこそ、できること】(上) 動き出す蔵、もう一度戻ってきた味

 マグニチュード7.6の大地震と豪雨災害に見舞われた石川県能登半島の輪島は、被災後、3年目に入った。今なお、つらいことも歯がゆいこともある中で、この地に生きると決めた食の担い手たちは「輪島だからこそ、できること」を追求し、新しい形で造り出す。それはきっと、世界のどこにもない、ふるさとの未来につながる宝物だ。

復活した醤油蔵、新しい風景 <谷川醸造>

 輪島市の谷川醸造で、昨年末に着工した木造2階建ての新しい蔵が年内にも完成し、ストップしていた醤油造りが再びはじまる。以前の蔵は2024年元旦に起きた震災で倒壊。がれきの中で割れた木桶が野ざらしになっていた被災直後の光景は一変し、命が吹き込まれたかのよう。「完成を待つ今もいろいろなことに追われて暮らしていて、落ち着いて何かをかみしめるようなことはできていないんですが」(4代目の谷川貴昭社長)。

完成間近となった醤油蔵の前に立つ谷川貴昭さん(左)と妻の千穂さん

 谷川醸造には、2種類の醤油がある。石川県内の食卓で長く親しまれる、生揚(きあ)げ醤油に独自の味付けをした甘口の「サクラ醤油」と、地元産の大豆、塩、小麦を使い木桶で熟成させる本醸造の「能登のお醤油」。震災で蔵が倒壊してから、サクラ醤油は同業者に委託して造ってもらってきたが、新しい蔵の稼働後は、輪島に生産が戻ってくる。

▽がれきの中からよみがえった木桶

 木桶が使えず生産再開が見えなかった本醸造の醤油造りも、「やめる考えはなかった」。修繕を依頼した職人が、壊れてしまった12本の木桶を確認、まだ使える部材を取り出して、通常の3分の1サイズの小型桶2本によみがえらせてくれた。仮小屋で、その桶を使って仕込みにこぎつけたのが3カ月前。

震災後、残った部材から再生した小型の木桶で醤油を仕込む谷川さん

 「能登のお醤油」は、貴昭さんが「能登の新しい醤油の形を表現したい」と13年前から仕込み始めた。木桶醤油の伝統を継承する全国の生産者で作る団体とも連携し、「大事に育ててきた会社の柱」だ。新しい蔵には、被災後、支えや励ましをくれた埼玉や小豆島の仲間からも、3本の新桶が贈られることになっている。

▽「皆、輪島が好き」

 完成間近の蔵は、新しい木の匂いがすがすがしい。能登ヒバの階段、輪島の漁船にも使われるマリンライトが下がった天井。社員全員で能登伝統の仁行和紙を張った壁もある。「人が集えるような空間作りができたら」と、2階には広めのスペースを設けた。そこで階下にある醤油工場が見学できるほか、醤油や味噌に関連するワークショップや飲食イベントなども構想している。

新しい醤油蔵。来年出来上がる醤油はこの蔵から出荷される
木桶が運び込まれる工場から2階を見上げた様子。窓から階下の醤油づくりが見学できる。天井から下がるのはマリンライト

 大きな地震を経た今の輪島。「風景が変わる中で、昔ながらのものが失われる部分はもちろんあるが、それを受け入れ、新しいものができていくのはいいことなんじゃないか」と、妻の千穂さん。だんだん建っていく蔵を見上げ、喜んでくれた地元の人たち。地域の希望にもなる蔵を一緒に作り上げた建築士。醤油を仕込む自分たち。「皆、輪島が本当に好きなんだと思います」