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映画を媒介として80年代初頭を表した『エンパイア・オブ・ライト』/9.11事件後の真実に驚かされる『ワース 命の値段』【映画コラム】

『エンパイア・オブ・ライト』(2月23日公開)

(C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

 厳しい不況と社会不安に揺れる1980年代初頭のイギリス。海辺の町マーゲイトの映画館・エンパイア劇場で働くヒラリー(オリビア・コールマン)は、つらい過去のせいで心に闇を抱えていた。

 そんな彼女の前に、大学進学を諦めて映画館で働くことを決めた黒人青年スティーブン(マイケル・ウォード)が現れる。それでも前向きに生きるスティーブンとの交流を通して、生きる希望を見いだしていくヒラリーだったが…。

 サム・メンデス監督のこの映画に、映画館を舞台にした心温まる話を期待すると、いささか肩透かしを食らう。ハイミスで総合失調症の主人公と黒人で移民の若者を中心に置くことで、ジェンダーや人種の問題を無理に入れ込んだ感じがするし、80年代初頭のイギリスの世相はこんなに暗かったのかと感じて、こちらも暗たんたる気分になるからだ。

 ただ、“映画館を描く”ということに目を向けると興味深いものがあった。舞台となるエンパイア劇場は、『炎のランナー』(81)がプレミア上映されるようななかなか立派な映画館。

 時代背景が80~81年なので、『オール・ザット・ジャズ』(79)『ブルース・ブラザース』(80)『レイジング・ブル』(80)『エレファント・マン』(80)などの看板やポスターが映る。そして、『スター・クレイジー』(80)と『チャンス』(79)は、実際の画面が映るといった具合に、映画を媒介としてその時代を表している。

 特に、ヒラリーが『チャンス』を見て人生の真理を得るシーンは、『ハンナとその姉妹』(86)で、マルクス兄弟の『吾輩はカモである』(33)を見て救われたウディ・アレンや、『カイロの紫のバラ』(85)のミア・ファローの姿とも重なるところがあった。

 メンデス監督は、65年生まれだから、恐らく自身が少年時代に地元の映画館で見た映画のことが反映されているのだろう。

 ケネス・ブラナーの『ベルファスト』(21)もそうだったが、自分と同年代の監督が、映画の中に自身の映画の思い出を入れ込むと、自分の体験とも重なるところがあるので、見ていて何だか甘酸っぱい気分になる。しかも、この映画のスティーブンは、当時の自分と同じ年頃だ。

 それ故、もう少し素直に、映画や映画館への愛を描いてほしかった気がするが、それはないものねだりか。館長役のコリン・ファース、映写技師役のトビー・ジョーンズが相変わらずいい味を出していた。

『ワース 命の値段』(2月23日公開)

(C)2020 WILW Holdings LLC. All Rights Reserved.

 2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロを受け、米政府は被害者と遺族の救済を目的とした補償基金プログラムを立ち上げる。

 その特別管理人を任された弁護士のケン・ファインバーグ(マイケル・キートン)は、独自の計算式により、個々人の補償金額を算出する方針を打ち出すが、被害者遺族が抱えるさまざまな事情と、彼らの喪失感や悲しみに接する中で、次第に矛盾を感じ始める。

 政府が掲げる、約7000人の対象者の80%の賛同を得る目標に向けた作業が停滞する一方で、プログラム反対派の活動が勢いづいていく。期限が迫る中、苦境に立たされたファインバーグはある決断を下す。

 同時多発テロ被害者の補償金分配を束ねた弁護士と遺族たちとの2年間を、実話を基に映画化。主役のキートンに加えて、反対派のリーダー役でスタンリー・トゥッチ、ファインバーグのビジネスパートナー役でエイミー・ライアンらが共演。監督はサラ・コランジェロ。

 製作にも関わったキートンにしてみれば、社会性もある題材で、これまで演じてこなかったような、葛藤を抱えた役に挑むというのは、やりがいがあったと思われる。

 その結果、見た目も話し方も、ファインバーグ本人とそっくりだと評判になったというが、実話の映画化の場合は、こうしたビジュアルイメージの相似は重要な要素の一つとなる。

 また、全体の構成に多少の難はあるが、実際のところ、9.11事件後にこうした動きがあったことは知らなかったし、さまざまな立場の被害者や遺族の声を改めて知らしめ、“命の値段”という問題について問い掛けるという意味では、とても意義のある映画だと感じた。

(田中雄二)