バブル経済真っただ中の1990年。会社の資金繰りに奔走するウキシマ電業製作所の経理課長・萩崎竜雄は、部長の関野が2億円の手形詐欺にあった末、失踪する事件に直面。恩人の関野を救おうと、友人の新聞記者・村木満吉の協力を得て真相究明に乗り出した萩崎の前に、謎の女・上崎絵津子が現れる。果たして、事件の裏に隠された驚きの真実とは…? 『点と線』に並ぶ松本清張のベストセラー小説を原作にしたサスペンス「連続ドラマW 松本清張 『眼の壁』」(全5話)が6月19日(日)午後10時からWOWOWで放送・配信開始となる。主人公・萩崎竜雄を演じる小泉孝太郎に撮影の舞台裏を聞いた。
-今回の主演の話を聞いたときの気持ちを聞かせてください。
WOWOWでは7年ぐらい前に「連続ドラマW 死の臓器」(15)で主演させていただきましたが、僕は、どの仕事も最初で最後だと思って臨んでいるので、またオファー頂けたことがうれしかったです。しかも、松本清張の骨太な社会派サスペンスですから。でも、やりがいを感じつつも、だんだん冷静になってくると、「苦しくなりそうだな」と(笑)。
-「苦しくなりそう」というのは、具体的にはどんな点でしょうか。
WOWOWのドラマって、ものすごく演じがいがありますが、苦しいシーンもいっぱいあるんです。実際、今回も真冬の寒い廃工場の中で、縄で縛られたり、夜遅く真っ暗な森の中で格闘したり。映っているのはほんの少しですけど、そのために1日中、現場にいますから(笑)。
-松本清張作品の特徴をどんなふうに考えていますか。
善人でも悪人でも、人間をものすごく深くとらえていて、“人間臭”みたいなにおいが伝わってきそうな生々しさがありますよね。善人のにおい、悪人のにおい、女性の香り…。そういう生々しさが特徴的なのかなと。
-そんな物語の主人公・萩崎を演じる上で、どんなことを心掛けましたか。
心の奥底に熱くメラメラと燃えたぎるものを抱えてはいますが、まずは信頼できる男だと思ったので、なるべく“松本清張作品”ということは意識せず、萩崎の実直さや純粋さ、普通っぽさ、みたいなものを大切にしました。
-萩崎に協力する親友・村木満吉を演じる上地雄輔さんは、小泉さんご自身にとっても昔からの親友だそうですね。
親友どころか、腐れ縁のような感じです(笑)。雄輔は一つ年下ですけど、お互いを知り尽くしているので、むしろ「雄輔が親友役で大丈夫かな?」と不安になったぐらいで(笑)。でも、今までこんなに雄輔に感謝したことはなかったです。萩崎にとっても村木は心のよりどころだったので、雄輔とのシーンは本当にホッとできましたし。仲が良過ぎて最近は会う必要もないぐらいで、雄輔とはしばらく会っていなかったんですけど、今回の撮影が終わった後、数年ぶりに食事に行きました。
-久しぶりに会った上地さんはどんな様子でしたか。
僕がそういう感謝を伝えたところ、雄輔も「コーチンとこういう親友の役は本当にうれしかった。また作品でがっつり一緒にやりたい」と素直に喜んでくれました。
-そうすると、萩崎と村木の関係には、実際のお二人の関係が重なる部分もあったのでしょうか。
そうですね。自分でも、本当にホッとしているな、と思いましたから。例えば、村木の部屋のソファーに座って2人で食事しながら会話するシーンでは、お互いに寄りかかって僕と雄輔の体がぴたっとくっついているんです。あれは、雄輔でなければ生まれなかったでしょうね。普通は親友役でも、役者さんと触れ合ったら「近過ぎたな」って、ちょっと離れますから。そういうちょっとしたところに出る安堵(あんど)感や笑顔は、相手が雄輔だからこそだったと思います。
-続いて、物語の鍵を握る女・上崎絵津子役の泉里香さんについて教えてください。絵津子は“ミステリアスな女”として萩崎の前に現れますが、そういう距離感などを含め、泉さんとの共演ではどんなことを心掛けましたか。
泉さんとは適度な距離感を大事にしました。彼女は映画で一度ご一緒したことがありますが、今回は萩崎がミステリアスで魅力的な絵津子に一目ぼれしてしまうという関係。だから、ある種の緊張感や初対面の初々しさを出したいと思って、前半は距離を詰めるような会話は控えました。ただ、中盤から会話も増えていくので、終盤はプライベートなことも含め、いろんな話をするようになりました。その点、彼女はオンとオフの切り替えをとてもうまくやってくれたので、すごく救われました。
-完成した作品を見た感想はいかがでしたか。
内片組に感謝しました。バブルの時代の空気が見事に再現されていた上に、役者もみんな魅力的に映っていて、僕自身、全話出演して結末も知っているのに、どんどん引き込まれてしまって。内片監督は、現場でも「このシーンはこうです」と、みんなに丁寧に説明してくれた上、編集も丁寧で、役者陣に対する愛情をものすごく感じました。本当に素晴らしい監督だな…と。
-数々の苦労を乗り越えたかいはあったと?
ありましたね。萩崎は唯一ほっとできる村木とのシーン以外はすべて苦しいんです。ずっと追い詰められ、疲れて、憔悴(しょうすい)し切っている。ただ、満たされないまま追い詰められていく萩崎を表現したいと思っていたので、それがきちんと出ていたのはよかったです。
-現場で苦労した結果が、きちんと映像に反映されている感じですね。
そうですね。嬉しかったのは、撮影中、加藤雅也さん(謎の男・田丸利市役)が「こういう作品に出会えるのも役者の運だし、これは絶対に素晴らしい作品になるから、小泉くんの代表作になると思う」と言ってくださったことです。自分でも、後々この作品に出会えた幸せをかみ締めるときがくると思うので、それをかみ締めながらもう一度、じっくり見たいです。
-では、最後に視聴者に向けて見どころをお願いします。
WOWOWの社会派サスペンスの大きな魅力って、“ゾクゾク感”だと思うんです。この作品も、1話、2話、3話…と回を重ねるごとに、真実が明らかになっていくゾクゾク感には自信があります。そのゾクゾク感を味わいながら、全5話を見終わった後、「眼の壁」というタイトルの深い意味とともに、じっくりと余韻に浸っていただけたら幸いです。
(取材・文・写真/井上健一)