世界的に少子高齢化が進展する中、医療費の増大と社会保障制度の持続可能性への懸念が高まっている。その抜本的な解決策として期待されるのが、予防医療やセルフケアによる健康寿命の延伸だ。また、コロナ禍を契機として、年齢を問わず個人の健康意識が向上し、パーソナライズドヘルスケア市場は世界規模で急速に拡大している。
しかし、健康状態を調べるための体液分析の主流となっている血液検査や尿検査は医療機関での実施が必要で、検体採取の複雑さや保管コスト、分析に要する時間、分析対象成分の限定性から、日常的な健康管理には活用しにくいというのが現状だ。そんな中、従来の医療アプローチとは異なる方法による革新的なソリューションとして注目を集めているのがPITTAN(大阪市)の汗中成分分析技術だ。
同社は、分析化学、マイクロデバイス、電子工学、分子生物学、AI技術など多岐にわたる専門知識の応用と研究機関との連携で、微量の汗に含まれるアミノ酸を解析することで体液を分析できる独自技術を開発。既に美容サロン、フィットネスジム、ドラッグストアなどのウェルネス現場で郵送分析サービスの導入実績を積み重ね、新たな市場を創出している。
その流れを加速させるのが、同社が開発した卓上型ハードウェア「Pitagoras」だ。首に3分間パッチを貼り微量の汗を採取し、小型マシンにセットするだけで10分後には肌や筋肉の状態を分析完了。この分析により細胞レベルからバランスを整え、肌、体、ストレス、栄養、腸活などさまざまなケアにつなげられるという。
2026年以降、量産化が予定されている「Pitagoras」は、まず美容業界やフィットネスジムなどで活用され、ウェルネス産業での市場規模は5兆円に上る見込み。PITTAN社は、さらなる事業拡大に向けて既存の投資家クオンタムリープベンチャーズ(東京)ならびに京都キャピタルパートナーズ(京都市)に加え、中信ベンチャーキャピタル(京都市)を新規投資家として迎え、事業会社である綜研化学(東京)ならびにライオン(東京)を引受先とする第三者割当増資により、総額1.6億円の資金調達を実施した。
出資事業会社であるライオンならびに綜研化学とは、それぞれ次世代パーソナライズドヘルスケア技術の共同開発に関する技術協業を開始。ライオンとは皮膚科学等のヘルスケア領域において日本を含むアジア市場に向けた連携を、綜研化学とは同社の粘着剤設計技術を生かした検体採取システムの高度化と美容製品領域での新たな展開を進めていく。これらの協業により、PITTANが持つ従来のアミノ酸分析に加えて、低分子タンパク質やホルモンなどの生理活性物質をはじめとする多様な生体成分の分析技術を確立し、日常生活でユーザーがより積極的に健康的な選択を行えるソリューションの実現を目指すという。
また、PITTANは大阪の中之島と香港に研究開発の新拠点を開設した。最先端の未来医療の産業化を推進する「Nakanoshima Qross(中之島クロス)」内に設置された、オープンイノベーションとライフサイエンス産業を活性化させる三井リンクラボ中之島を拠点に、国内での技術革新を推進。香港拠点ではバイオテクノロジーやエレクトロニクス、メカトロニクスなど多岐にわたる研究開発力と生産力の強化を図り、アジア太平洋地域を中心とした海外市場への本格展開を加速していく計画だ。
同社の代表取締役CEO辻本和也氏は、「今回の大阪・香港への新拠点開設は、PITTAN が掲げる『WELL構想』を本格的に推進するための重要な一歩。WELL構想とは『Wellness & Wellbeing Ecosystem for Longevity and Lifelong Positivity』の略で、日本ならではの強みを生かしながら、世界中の人々が生涯にわたってポジティブに生きられる社会を実現する取り組みです」とコメントしている。
健康寿命を延ばすために必要なこととしてよく言われるのが生活習慣の改善だが、多少の我慢や無理を強いられるイメージがあって継続はなかなか難しいもの。PITTANが提唱するのは、生活習慣を「楽しく・楽に・本能に刺さる形」で取り入れる仕組みだ。同社によると、美容室や薬局、フィットネスジムなど日常的に訪れる場所で、美容や体力づくりなど感情的・本能的に改善したいと思うような悩みと紐づけることで行動変容は促されるのだという。汗で生体データを簡単に定期的にモニタリングすることで生活習慣を楽に改善でき、ひいてはそれによって健康寿命が延び、医療費削減も実現可能——そんな未来はもうそこまで来ているのかもしれない。