「すべての介護従事者へエールを」 SOMPOグループはテレビCMで何を伝えようとしたのか

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医療従事者と同じように頑張っている介護職

 コロナ禍の介護従事者に光を当てたテレビCMが、いま話題を呼んでいる。SOMPOホールディングスの「介護従事者にエールを」篇だ。ご覧になった方はお気付きだと思うが、サービスや施設の宣伝は一切無し。介護従事者を励まし、応援することに徹したストレートな内容だ。中でも印象に残るのは、「介護事業にたずさわるSOMPOグループから、すべての介護従事者にエールを送ります」というナレーションだ。つまり、応援しているのは、SOMPOグループの介護事業会社であるSOMPOケアの社員だけではないのだ。なぜ、このようなメッセージを発信したのか。SOMPOホールディングス株式会社 介護・ヘルスケア事業オーナー 執行役であり、SOMPOケア株式会社 代表取締役会長 CEOの笠井 聡氏に、リモートでお話をうかがった。

SOMPOホールディングス株式会社 介護・ヘルスケア事業オーナー 執行役 SOMPOケア株式会社 代表取締役会長 CEOの笠井 聡氏
SOMPOホールディングス株式会社 介護・ヘルスケア事業オーナー 執行役SOMPOケア株式会社 代表取締役会長 CEOの笠井 聡氏

 「日本でもいくつかの介護施設で新型コロナの集団感染は起こっていますが、幸いにして欧米のように“亡くなった方の4割が高齢者施設”というような状況にはなっていません。これは、日本の介護を支えている人たちの大きな貢献です。自らの感染リスクも顧みず、使命感を持って介護の現場で働いている人たちは、私たちの会社以外にもたくさんいるはずです。全国200万といわれる介護職の人たちが一所懸命、介護の現場を支えてくれたことが、この状況を作っています。それに対する感謝をお伝えしたかったのが、偽らざる気持ちです。医療従事者が、命の危険にさらされながら新型コロナ患者へ対応されていることには頭が下がりますし、感謝していますが、介護の現場も同じように感染リスクと向き合いながら頑張っています。SOMPOグループは5年前に介護事業に参入しましたが、介護事業に携わっている企業集団として、職員の笑顔、ご利用者の笑顔を写真で撮ってお伝えすることを通じて、介護の現場も頑張っていることを何とか伝えていきたい。そういう思いでこのCMを作らせていただきました」

現場の職員が恐れたのは感染することより感染させること

 ご存じの通り、新型コロナウイルスは、高齢者や持病を持つ人の重症化リスクが高い。そのことは、介護現場にかなりの緊張感をもたらしたようだ。

「私どもの会社では、緊急事態宣言が出た47日から531日まで、職員に対して一日3,000円の特別手当を支給しました。緊張感と葛藤のある現場に立ってくれている職員たちに報いたいと思ったんです。ところが、職員たちの話をよく聞いてみると、自分が感染する可能性だとかテレワークできない仕事だという悩みよりも、自分が感染源になってしまうことへの恐怖が強かったようなのです。私どものご利用者は、いわゆる感染弱者。ご高齢で、なんらかの基礎疾患を持っていらっしゃる方がほとんどですので、もし感染させてしまったら、最悪の事態も起こり得ます。自分の心配よりも、その不安が強いストレスになっていたわけです」

 SOMPOケアは、有料老人ホーム、サービス付き高齢者住宅、グループホームなどを合わせると約430の施設を持つ。これは介護会社として日本一の施設数だという。さらに、在宅系の事業所も全国に560カ所あり、合計で約1,000カ所の事業所を展開している。在宅から施設までフルラインで高齢者をサポートできるのが強みだ。だが、これだけの規模ともなれば、新型コロナの感染を避けるのは困難だ。感染者は出たのか尋ねると、笠井氏は、こみ上げてくる感情を抑えるように実状を明かした。

 「残念ながら私どもの会社でも新型コロナの感染者が出ました。必然的に職員の濃厚接触者も発生し、その人には基本的に2週間自宅待機をしてもらいました。感染が確定したわけではないんですが、当時はなかなかPCR検査も受けられませんでしたから。そうなると、施設に人が足りなくなりますので、本社や地域の本部から介護現場の経験者を送り込み、その施設の運営をサポートしていました。まさに感染者が出た施設に行って手伝ってくれとお願いしたんです。幸いその人たちは仕事を終えて通常の業務に戻りましたが、その彼ら彼女たちに話を聞く機会がありました。ある職員が、『実は最悪のことも考えました』と本音をぶつけてくれたときには、涙が出ました。そういう覚悟を持って現場に立ってくれているのが介護職なんです。政府が、2次補正予算で医療従事者だけでなく介護従事者にも慰労金を出すことを決めてくれてくれたことは本当にうれしいこと、有難いことです」

感染防止

保険の先に挑んで出会ったのが介護事業

 SOMPOグループといえば保険をイメージする人が多いと思われるが、SOMPOケアは実は介護業界において売上高で第2位(2020年3月期)を誇る大手だ。「メッセージ」「ワタミの介護」といった約20年の実績を持つ会社をM&Aで統合し、急成長を遂げているのだ。SOMPOグループはなぜ介護事業に力を入れているのだろうか。

 「損害保険業で創業し、生命保険業が加わったSOMPOグループでは、『安心・安全・健康のテーマパーク』という理想を掲げています。事故や災害が起こったときに単に保険金をお支払いするだけでなく、事故後のサポートや、災害に遭われた方へのいち早い保険金のお届けなどで、存在価値を示そうということです。生命保険でいえば、病気にならない、健康を維持していくといったサービスに軸足を置いていこうということで、安心・安全・健康といえばSOMPOグループ、そういう会社になりたいというのが我々の願いです。そして、高齢者の皆様の『安心・安全・健康』という観点からすると、介護事業というのは、まさにど真ん中のサービスです。ちょうど、メッセージ、ワタミの介護という会社が我々に経営のバトンを渡して下さるという話がまとまりましたので、2015年に本格的に介護事業に参入させていただきました。『保険の先に挑む』というメッセージを掲げ、保険の先に我々のサービスの本質があるはずだと挑んだ先にあったのが介護事業なのです」

介護

 SOMPOケアが、自社の特徴としてまず挙げるのが「カスタムメイドケア」だ。利用者一人一人の状態をアセスメント(思いや心身の状態を把握)して、要望を確認しながら、ケアプランを作り、利用者にとって本当に必要なサービスを提供するのだという。もうひとつ注力しているのが、業務のシステム化、ICT化だ。介護事業では、利用者の状態のアセスメント、それに基づくケアプラン、プラン通りに介護できたかどうかの記録、この3つが一つの流れになる。各事業所でバラバラだったこの運用を、2年前に一つのシステムに統合し連動させるようにしたことで、約7万人の利用者の介護記録が日々リアルタイムで集まってくるようになった。このビッグデータを使って、より質の高いサービスにチャレンジできるのも同社ならではだ。加えて、企業内大学「SOMPOケア ユニバーシティ」による人材育成や、大学・専門教育機関との連携による共同研究・共同事業、食事や栄養に関する企画・商品開発を行う「SOMPOケア FOOD LAB」などを展開し、「介護の総合ブランド」を目指しているのがSOMPOグループの介護・ヘルスケア事業なのだ。

介護事業の未来には二つの大きな課題が

 超高齢社会の日本では、介護の分野でも担い手不足や財源不足など解決すべき問題が多い。SOMPOグループは、介護事業の未来をどのように展望しているのだろうか。

 「二つの大きな課題があります。一つ目は需要と供給のバランスが崩れていくことによるギャップをどうやって埋めるか。日本は高齢者が増えるのに労働人口は減っていくという状況で、介護を支える人が数十万人単位で足りなくなります。そうすると、一人の職員が支える高齢者の数を増やしていくしかない。つまり生産性を上げるということです。そこで必要になってくるのが、さまざまなテクノロジーです。テクノロジーを活用しながら解決策を見つけ、需要を支えていくという、新しい介護の姿を作っていきたいと考えています。例えばパラマウントベッドさんの『眠りSCAN』という商品は、ベッドのマット下に設置したセンサーで、寝ているか起きているかが分かります。呼吸や心拍といったバイタルもとれます。私どもの施設では2時間に1回居室を訪問してご入居者の安否を確認しますが、このセンサーを使うと、離れた場所からでもご入居者の状態が分かりますから、ぐっすり眠られている方のところをわざわざ訪問する必要はない。2時間に1回の訪問は職員も大変ですが、ご利用者も眠りが浅いと起こされてしまうんです。このセンサーで見守ることで、労働生産性とご利用者の睡眠の質、両方を向上させることができるようになりました」SOMPOグループは、2019年2月にFuture Care Lab in Japan(フューチャー・ケア・ラボ・イン・ジャパン)という研究機関を設立した。『眠りSCAN』のような革新的な技術を世界中から探し出し、介護の品質や生産性を上げるテクノロジーを研究するためだ。

ベッドのマット下に設置したセンサーで、寝ているか起きているかが分かる『眠りSCAN』
ベッドのマット下に設置したセンサーで、寝ているか起きているかが分かる『眠りSCAN』

 4月にはビジネスプロセスサポートという新しいサービスも始まった。同社が介護事業の運営を通じて培った豊富なノウハウや実績を他の事業者にも使ってもらおうという試みだ。これは、新たな事業領域の開拓であると同時に、業界全体の生産性向上にもつながると笠井氏は語る。

 「現在、約10兆円と言われる介護給付に対して、私どもの売り上げが1千2百億円。我々は介護大手3社の一つですが、実はマーケットシェアは1%にすぎません。これは他の大手も同様ですから、大手3社で3%に過ぎないということです。全国には約6万の事業者がいる、これが介護業界の特徴です。損害保険業界が合従連衡を繰り返して生産性を上げてきたように、介護業界も大手がM&Aを繰り返して生産性を上げていけばいいのではと思われるかもしれませんが、6万もの事業者がいたら何回M&Aをすればいいんでしょうか(笑)。

 我々は、一つの会社にまとまることだけが生産性を上げる方法ではないと思っています。例えば、大手ならではのノウハウがお役に立つのでしたら、それをご提供することで6万社の中の数十社、数百社はSOMPOと同じようなオペレーションができます。おいしい食事をいかに安全にお届けするかは多くの介護事業者さんがご苦労されているところですが、我々には湯せんするだけで食べられる“デリパック”という食事供給方法があり、リーズナブルな価格でご提供できます。また、介護用品などを、我々を通じて発注していただくことで大手ならではの購買力というメリットも感じていただけます。生産性を上げるうえで最も効果的なのは、オペレーションのシステム化など新しいテクノロジーの導入ですが、そのノウハウもご提供できます。介護の需給ギャップという大問題に対して、自社努力はもちろんですが、業界全体の生産性向上にも貢献したいのです」

認知症にはグループ一丸となって対応

 笠井氏が二つ目の課題として挙げたのが認知症への対応だ。「認知症対策は、介護事業者が最優先で取り組むべき課題の一つです。ケアの提供で認知症の方々を支えるだけでなく、SOMPOグループとしてできることはないかと考えて始めたのが、SOMPO認知症サポートプログラムです。私どものSOMPOひまわり生命という保険会社は、MCI(軽度認知障害)と診断された場合でも保険金をお支払いするという商品を、2018年10月に業界で初めて発売しました。

 また、SOMPO笑顔倶楽部という、認知症のことをまずご理解いただき、対処するための情報提供をするようなWebサイトの運営も始めています。認知機能の簡単なチェック方法や、認知機能の維持や改善に効果があるといわれているトレーニング・運動などをご紹介しています。このSOMPO笑顔倶楽部、保険、そして私どものケア。SOMPOグループ一丸となって、認知症への対応を進めています」保険会社をオリジンとするSOMPOグループが介護事業に携わっていることは利用者にとって心強い。顧客の安全や健康が業績につながることを肌で知り、それを実現しようと努力する保険会社のDNAを受け継いでいるからだ。加えて、介護業界の大手となったSOMPOグループは、そのメリットをフルに活用してさまざまな課題に意欲的に取り組んでいる。まさにSOMPOグループが掲げる『安心・安全・健康のテーマパーク』というスローガンを体現していると言える。その介護事業で最も尊いのは現場の頑張りだ。SOMPOグループはそこを見失うことなく、現場に光を当てたテレビCMを作った。それを踏まえたうえで、もう一度あのCMを見ていただければ、きっと何かが心に残るに違いない。

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