カルチャー

文化は歴史認識を乗り越えられるか? 【平井久志✕リアルワールド】

 以前から抱えている疑問に「文化は政治や歴史認識の差を乗り越えられるのか?」という問いがある。

 よく日韓関係のシンポジウムなどに出席すると、最後に、「今の若者は韓国を自分たちと同じような国と考え、文化を通じてつながっており、今までの世代とは違う」「大学で韓国語を学ぶ学生がすごく増えている。特に女子学生は熱心で、在学中に韓国に留学する学生も少なくない。彼女たちが社会に出れば、日本人の韓国への意識は大きく変わるだろう」ということがよく語られる。

 僕は、このような希望的予見に疑問を抱いている。

 ペ・ヨンジュン主演のテレビドラマ「冬のソナタ」は韓国のKBSで2002年に、日本では03年から04年に放映され、凄(すさ)まじい「冬ソナ」ブームを巻き起こした。

 僕は当時ソウル特派員をしていた。多くの日本の50代から60代の女性が娘を連れてソウルや「冬ソナ」の舞台となった「聖地」を歴訪する姿を見てきた。

 当時の堅物の駐韓日本大使が「ヨンゲル係数というのを知ってますか?」と僕たち記者に尋ねたことがある。大使は「家計に占める食費の割合がエンゲル係数、家計に占めるヨン様への支出の割合をヨンゲル係数というのですよ」と得意げに語っていた。今風に言えば「推し活係数」である。

 次に、「冬ソナ」に続いて、イ・ヨンエ主演のドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」(原題「大長今(テジャングム)」)が日本で04年から05年にかけて放送され大きな人気を得た。今度は日本の中高年男性たちが夢中になった。

 〝ダサい〟と思っていた隣国韓国に「ヨン様」や「チャングム」のような素敵な男性、素敵な女性が現れたのである。

 僕は韓国ドラマが日本の中高年を魅了したのだから、少しは、日韓関係はよくなるかと期待した。03年の日本は名目GDP(国内総生産)で米国に次ぐ2位の経済大国で、中国はまだ世界6位だった。韓国は11位だった。

 それから約20年の歳月が流れた。ヨン様や、チャングムに熱中した人たちは、今は60歳以上になっているだろう。

 しかし、公益社団法人国際文化会館が昨年12月に発表した同年8月実施の韓日国民相互認識調査での「韓国にどのような印象を持っていますか?」という設問に対し、日本の60代は54・7%が「悪い」(「良い」は24・3%)70歳以上は「悪い」が52・6%(「良い」は23・7%)だった。韓国に「悪い」印象を持っている人が半数以上だった。

 ヨン様やチャングムは無力だった。文化は文化であり、政治認識や歴史認識のギャップを埋めることはできていないと思った。

 この調査で18、19歳は「良い」が34・8%で「悪い」の26・1%を上回り、20代は「良い」が37・9%、「悪い」が39・7%と、ほぼ拮抗(きっこう)した。この若者たちが20年後にどう答えるだろうか?
 この20年の間に「韓流」はドラマ、映画、音楽、文学、料理とどんどんジャンルを拡大した。文化の分野で「K」は世界を席巻している。

 でも、「文化」という枠組みを超えて、歴史認識や政治の分野での相互理解にまでいっているのかどうか。ノーベル文学賞を取ったハン・ガンの作品を読んだ読者あたりには期待したいのだが、他のジャンルでも「壁」は崩れるのだろうか?

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.5からの転載】

ひらい・ひさし 共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞、朝鮮問題報道でボーン・上田賞を受賞。著書に「ソウル打令 反日と嫌韓の谷間で」(徳間文庫)、「北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ」(岩波現代文庫)など。