
-劇中では、秀長と秀吉に対する「認めたくないが、認めざるを得ない」という勝家の複雑な心情が見事に表現されていました。秀吉役の池松壮亮さんとのお芝居はいかがでしたか。
仲野太賀さんと池松壮亮さんは、周囲に対する気配りを欠かさない素晴らしい俳優です。そんな方たちをどう憎めばいいのか、非常に悩みました。あれこれ考えていたらふと、僕自身が仲野さんと池松さんの才能に嫉妬していたことに気づいて。僕がお二人と同じくらいの年齢のとき、あんなことができただろうか、ましてや今の僕にもできるだろうかと。ならばその感情を生かして、常に嫉妬していようと。でもそこから、徐々に豊臣兄弟のことが好きになりかけていたんです。そうやって、最後は彼らにバトンを渡そうという気持ちになりました。約一年の撮影を通じて、自然にそこまでたどり着けた気がします。
-最終的に勝家は、秀長にバトンを渡すような形で最期を迎えます。その心境の変化をどのように捉えましたか。
脚本を読んだときから、「こうありたい」という思いはありました。ただ、それが自分の中できちんと腑(ふ)に落ちたのは、お市様の手料理をいただくシーンを経験したときです。一緒に食事をして、「こんな幸せがあるのなら、このままでもいい」と思えたんです。それと同時に、全てがクリアになり、豊臣兄弟にバトンを渡すことが腑に落ちました。僕は勝家を演じるにあたっては当初、「最強の“老害”」でいようと思っていましたが、あの食事のシーンをきっかけに、「次の世代にバトンを渡さなければ」と心境が変化しました。
-そうだったんですね。
ただ、その点については池松さんの方が苦しかったかもしれません。お互いにプライベートな話をするくらい親しくなっていたので、どう決別すればいいのか…。でも、「虚実皮膜」という言葉があるように、いろいろなものが混然一体となり、役の真実味が増していくのが面白かったです。
-主演の仲野太賀さんとの共演はいかがでしたか。
俳優には「カメレオン型」「憑依型」などさまざまなタイプがいますが、仲野さんがすごいのは、人をお芝居で感動させてくれるんです。お芝居で言葉を交わしてみると、泣けてくるし、心を射抜かれる。それは、いわゆる“名せりふ”だけでなく、「直ちに持って来い!」みたいな何気ない一言でも同じです。脚本を読んでいるときは全く予想もしなかったところで、心を射抜かれる。それは、技術に頼ったお芝居をしていないからでしょうね。結局は人と人とのやりとりなので、やっぱりお芝居には人柄が表れるんだなと。そういうことを、仲野さんとのお芝居を通して改めて感じました。
-最後に、勝家が深い忠誠心を持って仕えた織田信長役の小栗旬さんとの共演についてお聞かせください。
信長に対する勝家の忠誠心については、まったく心配していませんでした。なんといっても、小栗さんは若い頃からトップ俳優として活躍されてきたカリスマですから。一点の曇りもなく、勝家として仕えることができました。怒鳴られたり足蹴にされたりするシーンも、他の家臣役の皆さんから「ずるい!」と羨ましがられ、「自分も蹴られたい!」という人が続出していました(笑)。
(取材・文/井上健一)








