
「神社の境内みたいな場所を催事場で実現したい、というのがそもそもあったんです」
阪神梅田本店1階の催事スペース「食祭テラス」で、数々のユニークな催事を手がけてきた吉田創さん。入社40年超のベテラン催事担当バイヤーだ。
食祭テラスでは、全国各地のおいしいものを集めて販売するだけでなく、作り手がやってきて、お客さんと話す。専門家によるトークイベントがあり、食にまつわる本や音楽が並ぶこともある。
吉田さんが目指してきたのは、単なる「売り場」ではなかった。
「街の中に居場所というのが減ってきたな、と感じていたんです。街の余白みたいなのが消えちゃったなって」
そこで思い浮かべたのが、昔から人々が集まってきた神社の境内だった。
「百貨店って、単にものを販売するだけじゃなくて、万博や勧業博覧会みたいに、世界のいろいろな文化を紹介する要素も担っていたんです。パブリックな場所として機能していたところがあるんですよね」
大阪・梅田のターミナルに直結し、多くの人が行き交う百貨店。買い物だけでなく、知らなかったものや文化に出会える。吉田さんは、そんな場所を百貨店の中につくろうと企画してきた。
吉田さんにとって、サラリーマン人生の集大成となる催事が、8月26日から始まった「発酵マーケット」だ。毎年趣向を変え、今回で5回目を数える。
「とにかく、みんな楽しそうに集まってくれるんです。それは買い物をするお客様だけじゃなくて、作り手も遊びに来るというか。『ここに来たら誰かに会えるよね』みたいな感じで」
ここでは、お客さんと作り手、売り手の垣根が低い。自然に会話が始まり、知らなかったものに触れられる。時には、そこから新しい仕事が生まれることもある。吉田さんが失われつつあると感じていた「街の余白」が、食祭テラスに生まれていた。

▽直会
今回、その発酵マーケットに「直会(なおらい)」というテーマが加わった。直会とは、神事が終わったあと、神様に供えた酒や食べ物を、人々が一緒にいただく日本古来の習慣だ。
「簡単に言うと宴会なんだけど、普通の宴会とは違う。神様に捧げものをして、祭りが終わったあとに、そのお下がりのお酒とか食べ物をみんなで一緒に食べる。神様もそこにいて、神人共食なんですよね」
人が集まり、食べ、飲み、語り合う。「街の境内」をつくりたいと考えてきた吉田さんにとって、直会という文化は、食祭テラスで目指してきた姿と重なった。
今回の企画を一緒につくっているのが、発酵デザイナーの小倉ヒラクさんだ。吉田さんと小倉さんの付き合いが始まったのはコロナ前。最初に催事へゲストとして招いた時、吉田さんは驚いたという。
「ぱっと見ただけで、僕が何をやっているのか分かってくれたんですよ。説明しなくても、『こういうことだよね』って。そういう解像度のある人って、すごくうれしいですよね。同じ言葉でしゃべれる人って、あんまりいないから」
食だけではない。本や音楽、民俗文化についても話が通じる。吉田さんにとって小倉さんは、単なる催事のゲストではなく、「一緒に催事をつくる仲間」になっていった。

▽人と文化が交差する辻
今回、そんな小倉さんを追って、海外からも取材チームが食祭テラスを訪れていた。韓国のディレクターが手がけるのは、ベトナムのテレビ局VTVとの共同制作による全4回の発酵ドキュメンタリー。番組では、発酵食品を受け継ぐ職人たちの仕事や哲学を紹介していくという。
ディレクターが今回のテーマに発酵を選んだ背景には、世界的な発酵食品への関心の高まりがあった。
「最近、海外のシェフ、特にミシュランのシェフたちが追求している味が『うま味』なんです。発酵食品から出てくる味ですよね。それがいま、とても注目されているんです」
韓国では、キムチやテンジャン(みそ)、コチュジャンなどの発酵食品が日常に深く根づく一方、家庭でキムチを漬ける若者が減り、知識や技術の継承への危機感もあるという。番組の最終回のテーマは「発酵の未来」。そこで取材対象に選ばれたのが小倉さんだった。
「発酵デザイナーという仕事は、とても新しく、ほかにほとんどない仕事です。発酵食品と一般の人たちとの関係をつなぐ人だと思いました。だから、この人も番組のテーマの『発酵人間』だと思って取材しました」
取材を重ねるうちに、ディレクターは小倉さんの役割の重要性を強く感じるようになったという。
「この人は本当に必要な人なんだ、と分かってきました。自分の役割を十分に果たして、発酵を輝かせているなと。韓国にも、小倉ヒラクさんのような人が出てきたらいいのにと思うようになりました」
発酵食品を「つくる人」だけでは文化は続かない。その価値を読み解き、人に伝え、つくる人と食べる人をつなぐ存在が必要だ。小倉さんが発酵文化の魅力や背景を伝え、吉田さんがそれを百貨店の催事という形で、多くの人に届けてきた。

▽あそこに行けば
今回の売り場には発酵食品だけでなく、本も並ぶ。
「本自体が一つのカルチャーを生んでいるので、今回は尊敬する東京の本屋『青山ブックセンター』に協力してもらって、セレクトした本の売り場もつくったんです。あれはすごく良いなと思っています」
食品を手に取り、その隣にある本を開く。発酵食品の味だけではなく、その土地の文化や歴史、人の暮らしにも視野が広がっていく。食と本を同じ場所に並べることで、発酵の世界をより立体的に見せるのが狙いだ。
何を並べ、何を紹介するのか。そこには、吉田さんなりの明確な基準がある。
「何を買って、何を買わないかというのは、一つの投票なんですよね。物を買うことで、世の中を変える力って本当はあると思うんです。どういうところに生き残ってほしいのか、何を応援したいのか、そういう意思表示でもあるから」
もちろん、小売業である以上、数字は必要だ。すでに人気の店を集めれば、売り上げはつくれる。しかし、それだけでは食祭テラスでやる意味がない。
「すごく人気がある人や店を連れてきて、『これだけ売れました』みたいなのはやらない。次の兆しみたいなところを一緒につくっていかないと、あまり意味がない。毎週違う催事をやっているので、『あそこに行ったら何かやっているよね』という感じで、ちょこちょこのぞいてもらえたらうれしいです」
百貨店を、買い物だけの場所にしない。人に会い、知らなかった文化と出会い、自分が応援したいものを選ぶ。吉田さんが食祭テラスでつくろうとしてきた「街の境内」は、すでに形になっている。








